【2026年労基法改正コラム】高市政権の労働時間規制緩和と「働きすぎの現場」|中小企業はどう備える?
※本記事で扱っている労基法改正案については、その後、通常国会への提出見送りが報じられています。
提出見送りの背景や、勤務間インターバル・つながらない権利・管理職規制などの論点を改めて整理した記事はこちらです。
労働時間を「増やしたい国」と「減らしたい現場」

第1回から第4回まで、2026年労基法改正の具体的な内容を見てきました。
最終回となる今回は、少し視点を変えて「政策の方向性」について考えてみます。
1. 「働きたい人がもっと働ける社会」と言われても
2025年秋、高市政権が発足してから、ニュースやネット上では
- 「働きたい人がもっと働ける社会」
- 「労働時間規制の見直し・緩和」
といったフレーズが目立つようになりました。
高市首相は総裁選の演説で、「ワーク・ライフ・バランスという言葉を捨てます。働いて働いて働いて働いて働きます」と、かなりインパクトの強い表現で“働くこと”へのコミットを示しています。
一方で、厚生労働省の有識者会議や労働政策審議会では、
- 勤務間インターバル(勤務と勤務の間の休息時間)の義務化
- 14日以上の連続勤務を禁止する方向性
など、むしろ「長時間労働にブレーキを掛ける議論」が進んでいます。
現場の社長からすると、
「結局、国は働かせたいのか、休ませたいのか、どっちなんだ?」
という感覚になっても無理はありません。
このコラムでは、この一見矛盾して見える2つの方向性を整理しながら、中小企業の経営者として、どう受け止めていくか を考えてみたいと思います。
2. いま同時に進んでいる「二つのレール」
まずは、同時進行している二つの動きを分けて見ると整理しやすくなります。
レール①:2026年労基法改正──長時間労働にブレーキを掛ける流れ
厚生労働省の検討会は、約40年ぶりとなる労働基準法の大幅見直しに向けて報告書をまとめ、
2026年の通常国会での法案提出を目指しています。内容はまだ最終確定ではありませんが、方向性としては:
- 勤務間インターバル制度の義務化(原則11時間を軸とした議論)
- 14日以上の連続勤務を禁止するための規制整備
- 「つながらない権利」を踏まえた勤務時間外の連絡の扱い
- 一人親方・フリーランスの「労働者性」の見直し
など、長時間労働の是正と健康確保を強める方向 に進んでいます。
レール②:高市政権の「働きたい改革」──規制緩和の流れ
一方で、高市政権側からは
- 「働きたい人がもっと働けるようにする」
- 「残業規制で収入が減り、慣れない副業で体調を崩す人がいる」
といった問題意識が示され、労働時間規制の緩和 に前向きな姿勢が繰り返し語られています。
方向性だけを見ると、
- 厚労省:ブレーキを強めたい
- 政権中枢:一部アクセルを踏みたい
という、二つのレールが同時に敷かれている状態です。
3. 国の論理:「働きたい人のための規制緩和」という考え方
「いや、現場はもう十分働いているんですけど…」という声はもっともですが、国が見ている景色も一応整理しておきます。賛成・反対とは別に、相手のロジックを理解しておくこと自体が経営判断には役立つからです。
ロジック① 人手不足で「仕事を断る」企業が増えている
- 建設業
- 運送業
- 医療・介護
- 小売・飲食
など、多くの業種で深刻な人手不足が続いています。
仕事の依頼自体はあるのに、「人が足りずに受注をあきらめるケース」が増えていることは、政府の各種資料や調査でも繰り返し指摘されています。
国としては、
「せっかく仕事があるのに、労働時間規制のせいで対応できないのはもったいない」
と考え、「働きたい人にはもっと働ける余地を」と発想しているわけです。
ロジック② 残業削減で「稼げない」層が出ている
働き方改革関連法で残業時間の上限が明確に規制され、「1人あたりの残業時間」は確かに減ってきています。
その一方で、
- 残業代が減って生活が苦しくなった
- 副業で深夜まで働き、トータルではむしろ負担が増えた
という層も出てきました。
そこで、
「会社でまとめて働きたい人には、もう少し働けるようにしてあげた方がよいのでは?」
というロジックが出てきます。
ただし、この論理に対しては、
- 「本来は基本給や最低賃金の引き上げが先ではないか」
- 「長時間労働に戻すことで問題を解決しようとしていないか」
といった批判も多く、
残業代頼みの賃金構造そのものが問題だという指摘もあります。
ロジック③ 「働きたい人」と「そうでもない人」を分けたい
高市政権のメッセージを好意的に解釈すると、
- 働きたい人には、もっと働ける選択肢を
- そうでもない人には、従来通りの上限を
という、“選択制”のイメージが語られています。
問題は、これが現場レベルで
「本当に本人の自由意思として機能するのか」
それとも
「実質的な同調圧力・サービス残業の温床になるのか」
という点です。
このあたりは、今後の制度設計と運用次第で、
結果が大きく変わってきそうなところです。
4. 現場の実感:「もうこれ以上は無理です」という感覚
では、中小企業の現場はどうか。
私が中小企業の方からお話をうかがう中では、むしろこんな声が多いです。
- 「人が少なすぎて、今でもギリギリで回している」
- 「社長や管理職が自分の健康を削って帳尻を合わせている」
- 「求人を出しても、長時間労働のイメージで応募が来ない」
厚生労働省の調査でも、長時間労働を理由に離職する若手社員は一定数おり、
求人市場においても「週休2日」「残業少なめ」といった条件は、今や“付加価値”ではなく最低限の前提条件になりつつあります。
茨城県内でも、求人票に
- 「完全週休二日制」
- 「年間休日○○日」
と休日数を明記する中小企業が年々増えており、
「たくさん働けます」より「ちゃんと休めます」の方が採用力になる傾向が強まっています。
正直なところ、現場の本音はこうではないでしょうか。
「これ以上働けと言われても、もう十分働いてますけど…」
5. 第4回からの続き:一人親方・フリーランスはどこへ向かうのか
前回(第4回)では、「名ばかり管理職」やフリーランス新法の話を通じて、
社員とフリーランスの境目について整理しました。
このテーマは、今回の「政策の方向性」とも深くつながっています。
2026年労基法改正の議論では、
- 仕事を断る自由がほとんどない
- 会社の指示通りに働いている
- 時間や場所の拘束が強い
といった条件を満たす一人親方・フリーランスについて、
「実質的には労働者として保護すべきではないか」という視点が強まっています。
「働きたい人がもっと働けるように」と言いつつ、
一方では「実態が社員なら保護対象に」という流れもある。
この二つをどう両立させるのかが、今後の大きな論点です。
6. 【参考】他の国ではどうなっているか
「世界はもっと自由に働いているのでは?」というイメージを持たれがちですが、実は 多くの国で「働きすぎないためのルール」がかなりしっかり決まっています。
EUの労働時間ルール
EUの「労働時間指令」では、原則として:
- 週の労働時間は平均48時間以内
- 1日の勤務ごとに、少なくとも11時間の連続した休息時間
- 7日ごとに少なくとも24時間の週休
といった最低基準が定められています。
日本が議論している「勤務間インターバル11時間」「連続勤務14日制限」は、ある意味でようやく世界標準に近づこうとしているとも言えます。
フランスの「つながらない権利」
フランスでは2017年から、
「就業時間外のメール・電話に応じない権利(right to disconnect)」が法律に盛り込まれています。
企業には、従業員の私生活時間に業務連絡が入りすぎないよう、
- 労使でルールを決めること
- 必要に応じて社内ポリシーを整備すること
が求められています。
こうした国際比較を見ると、
「規制緩和でどんどん働こう」という方向は、むしろ世界の流れとは逆行している面もある
ということが分かります。
7. なぜ「増やす」と「減らす」が同時に語られるのか
一見すると矛盾しているように見える
- 「労働時間を増やしたい国」
- 「長時間労働を減らしたい改正」
この二つが同時に語られる背景には、いくつかの構造があります。

① 縦割り行政の構造
- 厚生労働省:労働者保護・健康確保が主なミッション
- 経済産業省・首相官邸:成長戦略・経済政策を重視
それぞれの省庁・プレイヤーが、
別々の「正しさ」を持って動いているとも言えます。
② 短期と長期の時間軸のズレ
- 労基法改正:
- 長期的な健康・持続可能性を重視
- 2〜3年先を見据えた制度設計
- 規制緩和的な発言・政策:
- 目先の景気・税収・成長率など、比較的短期の数字を意識
時間軸が違うからこそ、短期的には「もっと働いてほしい」、長期的には「働きすぎを減らしたい」という、ちぐはぐなメッセージが同時に出ている状態とも言えます。
③ 企業規模による温度差
- 大企業:
- システムや人員に余裕があり、生産性向上への投資も可能
- 中小企業:
- 人手不足のしわ寄せが経営者・管理職・一部のベテランに集中
同じ「労働時間規制の緩和」と言っても、受け止め方は企業規模や業種によって大きく異なります。
この構造を理解しておくと、
「どちらが正しいか」ではなく、
「自社はどの立場で、どう対応するか」
という視点で考えやすくなります。
8. 中小企業の経営者として持ちたい3つの視点
では、経営者として何を軸に考えればよいか。
ここでは、特に大事だと思う3つの視点を挙げます。
視点① 「長時間労働エンジンの成長」は、もはや前提にできない
かつては、
- 残業を増やす
- 営業時間を延ばす
- 社長や管理職が休みなく働く
ことで売上を伸ばす、というやり方が一般的でした。
しかし今は、
- 健康リスク(過労・メンタル不調)
- 採用・定着リスク
- 残業代請求・労基署対応のリスク
を総合的に見ると、長時間労働を前提にした成長モデルは「戦略」として成立しにくい状況です。
視点② 時間ではなく「付加価値」と「無駄の削減」に賭ける
これからは、
- 時間を増やして売上を上げるのではなく
- 単価や付加価値を上げる
- 無駄な仕事・低収益な仕事を減らす
方向にシフトしていく必要があります。
【具体例】
✗ 悪いパターン:
- 営業時間を延ばして客数を増やす
- スタッフが疲弊し、離職が増える
- 新しい人材もなかなか採用できない
✓ 良いパターンの一例:
- 営業時間は据え置き、
- 単価を上げる工夫(セット商品、上位サービス)
- リピート率を上げる工夫(会員制、フォローの仕組み)
- 「安いけど手間ばかり掛かる仕事」を整理し、「時間単価が高い仕事」に集中する
「忙しいのに儲からない仕事」は、どこかのタイミングで整理・見直しが必要です。
視点③ 「誰と、どのルールで働いてもらうか」を設計する
- 正社員
- パート・アルバイト
- フリーランス・外注
- 一人親方的な立場
それぞれに対して、法律やガイドラインが整備されつつあります。
- 誰にどこまで指揮命令をするのか
- どのくらいの時間・場所の拘束があるのか
- どこまで会社として責任を持つのか
を、「なんとなく」ではなく、意図的に設計する時代に入っていると考えるのが安全です。
9. 2027年以降を見据えて、これから2〜3年でやっておきたいこと
最後に、2027年以降の本格施行を見据えて、「今から始めておきたい3つのステップ」 を挙げておきます。
① 労働時間・休日の「見える化」
- 部署ごと・人ごとの
- 実際の労働時間
- 連続勤務日数
- 有給の取得状況
を、ざっくりでもいいので数字で把握しておきます。
「感覚的には大丈夫」ではなく、いつでも説明できる状態にしておくことが、今後ますます重要になります。
② 社員・外注・一人親方の「線引き」の棚卸し
- 正社員
- パート・アルバイト
- 業務委託・外注
- 一人親方的なポジション
ごとに、契約書の内容、実際の働き方(指示・拘束の程度)を照らし合わせ、
「契約と実態がずれていないか?」
「実質的には労働者と言われてもおかしくない関係がないか?」
をチェックしておきたいところです。
③ 就業規則・契約書を「これからのルール」に合わせていく
- 就業規則
- 36協定
- 外注・業務委託契約書
を、2026年改正の方向性を意識しながら“これから10年使えるルール”に近づけていくイメージが大切です。
ここは、
- 労務面に強い社会保険労務士
- 契約書や届出のサポートをする行政書士
- 事業全体の収益構造を一緒に考える中小企業診断士
それぞれの専門性を組み合わせて進めるのが、現実的で安全だと思います。
10. おわりに──「国の議論に振り回されない」ために
「労働時間を増やしたい国」と「働きすぎで限界に近い現場」。
この二つが同時に存在する状況は、どうしても分かりにくく、モヤモヤします。
ただ、中小企業の経営者として本当に大事なのは、
「国が何と言っているか」よりも、
「自社とそこで働く人にとって、何が持続可能か」
という視点だと思います。
- 長時間労働に依存しない収益構造を作ること
- 守るべき人をきちんと守れるルールを整えること
- 会社と働く人の双方にとって、「続けていけるライン」を探ること
このあたりを一緒に考えながら、2026年〜2027年に向けて、少しずつ準備を進めていければと思います。
※本記事で扱っている労基法改正案については、その後、通常国会への提出見送りが報じられています。
提出見送りの背景や、勤務間インターバル・つながらない権利・管理職規制などの論点を改めて整理した記事はこちらです。
つむぎ行政書士事務所としてお手伝いできること
【このシリーズを読んで「うちも整理が必要かも」と感じたら】
- 労働時間・休日の実態チェックと「見える化」のお手伝い
- 社員・外注・フリーランス/一人親方の契約関係の整理
- 就業規則・委託契約書の見直し(社労士との連携を含む)
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