労基法改正案の「提出見送り」報道──背景と論点整理、いま職場で整えておきたいこと

労働基準法改正見送り

来年の通常国会への提出に向けて議論が進んでいた「労働基準法改正案(勤務間インターバル制度や連続勤務規制など)」について、提出がいったん見送られる方向であると報じられました。

本記事では、この「提出見送り」報道の背景にある動きを整理した上で、法改正の行方にかかわらず「いま企業が整えておくべき環境整備」について解説します。

主な対象は、中小企業の経営者・人事担当の方と、現場で働く方の双方です。記事の後半では、働く側が自分を守るための実務についても短く触れています。

目次

1. 何が起きたのか

12月23日付の報道では、厚生労働省が来年の通常国会提出を念頭に置いていた労働基準法改正案について、提出を見送る方針を固めたとされています。

あわせて、首相が厚生労働相に対し「心身の健康維持」と「従業者の選択」を前提に、労働時間規制の緩和も含めて検討するよう指示したことが触れられ、提出見送りもその背景との関連で報じられています。

2. なぜ見送られたのか

報道では、労働政策審議会の場で法改正に向けた議論が続いてきた一方で、首相の「規制緩和の検討」という新しい方向性が示されたことが記載されています。

その結果、従来の積み上げ(健康確保・長時間労働の是正の方向性)と、新たな方向性(緩和を含めた検討)をどう整理するかが問われる局面になり、法案として一本化するために“いったん仕切り直し”が必要になったと考えられています。

加えて、今回の動きは「改正をやめた/やる気がなくなった」といった単純な話というより、議論の積み上げと政策の方向性をどう整理するか、という局面に見えます。
そのため、「見送り」という言葉だけで受け止めると、現場の感覚としては不安や反発が先に立ちやすいと思います。

ただ、ここで一度落ち着いて整理しておきたいのは、そもそも議論の俎上に載っていたのは何だったのか、という点です。
「勤務間インターバル」「つながらない権利」「連続勤務」「管理職(管理監督者)」といった言葉が並びますが、どれも生活と健康に直結するテーマであり、議論にはそれぞれ背景と難所があります。

そこで次に、改正案の土台となっていた主要論点を、言葉の意味から順に整理します。

3. そもそも改正案議論では何が論点だったのか

労基法改正案は、長時間労働を直接「禁止する」話だけではありません。
働く人の健康確保を軸に、休息の確保労働時間管理の実効性をどう高めるかが、束として議論されてきました。労働政策審議会(労働条件分科会)でも、休日・連続勤務規制、勤務間インターバル、つながらない権利が同じテーブルで取り上げられています。

3-1. 連続勤務規制と法定休日の明確化

連続勤務規制は、一定日数を超えて働き続ける状態を抑え、休息を確保するための考え方です。
現行法でも、法定休日(原則として週1日、例外として4週4日)という枠はありますが、運用として「休日が入っているように見えても、実態として休めていない」勤務の並びが生じやすい、という問題意識が背景にあります。

この論点とセットで議論されているのが、法定休日を事前に特定する(明確にする)という方向性です。
法定休日を曖昧にしていると、「結果として休みは入っている」扱いになりやすく、連続勤務の歯止めが効きにくくなります。分科会でも法定休日・連続勤務規制が主要議題として扱われています。

3-2. 勤務間インターバルとは何か/何が議論されていたか

勤務間インターバルは、前日の終業時刻から翌日の始業時刻までに、一定時間の休息(休息時間)を確保する仕組みです。
ポイントは「休日を1日入れる」よりも細かく、日々の睡眠・回復時間を確保するところにあります。

分科会では、勤務間インターバルに関する実態(業種別の事情、確保できない理由、残業時間との関係など)を踏まえて、制度設計の課題が整理されています。たとえば調査結果として、時間外労働が長くなるほど勤務間インターバルを確保できていない傾向が示され、健康確保の観点から議論材料になっています。

議論の焦点は、概ね次の3つに集約されます。

  • 「努力義務」なのか「義務」なのか
    導入促進にとどめるのか、一定の拘束力を持たせるのか。
  • 休息時間を何時間として設計するか
    一律に同じ時間を求めるのか、業種・勤務形態(交代制など)に応じた設計にするのか。
  • 例外・調整の扱い
    緊急対応や突発対応がある業務、繁閑差が大きい業務で、現実的に回る制度にできるか。

ここは「制度を入れる」だけでは足りず、勤怠・シフト・残業承認の運用まで一体で変えないと形骸化しやすい、というのが実務上の難しさです。

3-3. つながらない権利とは何か/何が議論されていたか

つながらない権利は、勤務時間外の連絡(メール、チャット、電話など)に、直ちに応答しないことを理由に不利益を受けない、という考え方です。
テレワークやチャット文化が広がるほど、「勤務時間外なのに仕事の指示が飛んでくる」「実質的に待機が発生している」といった摩擦が起きやすくなります。

分科会では、勤務間インターバル等と並べて、つながらない権利が議題に入っています。


ここでの論点は、「気持ちの問題」ではなく、次のような労働時間管理の問題に直結する点です。

  • 勤務時間外の連絡対応が、労働時間に当たる場合がある
    内容・頻度・拘束性によっては、単なる任意のやりとりでは済まなくなります。
  • 当番制(オンコール)や緊急連絡の設計
    すべての連絡を遮断するのではなく、「緊急」と「通常」を線引きし、役割分担と手当、代休、振替などの仕組みを整える必要があります。
  • 評価・人事への影響の排除
    応答の早さが暗黙の評価軸になっている職場では、制度だけ導入しても実効性が出にくい面があります。

つながらない権利は、「連絡を禁止する」発想ではなく、連絡のルールを明文化し、勤務時間管理と健康確保を両立させる方向で語られることが多い論点です。

3-4. 管理監督者(管理職)と「名ばかり管理職」問題の位置づけ

労基法上の管理監督者(いわゆる管理職の一部)は、労働時間・休憩・休日の規制の適用が外れる枠組みがあります。
一方で、実態として裁量も権限も乏しいのに「店長」「課長」などの肩書だけで管理監督者扱いにしてしまうと、未払い残業等の火種になります。

改正議論の流れの中では、管理職も含めて労働時間の把握や健康確保をどう実効化するかが、別系統の重要論点として語られています(論点整理として、管理監督者の働き方の可視化・健康確保措置に触れる解説も出ています)。
名ばかり管理職の実務論点(管理監督者の判断枠組み、リスクの出方、会社側の整理手順)は、こちらで詳細に整理しています。

3-5. これらが「ひとまとまり」で議論されていた理由

勤務間インターバル、つながらない権利、連続勤務規制、休日の明確化は、方向性がバラバラに見えて、共通しているのは次の一点です。

「休息が削られる構造」を放置しない。制度と運用で、健康確保を実装する。

分科会の議題が同じ枠で組まれているのも、この問題意識が底にあるからです。
そして今回の提出見送りは、首相指示を踏まえた案の練り直しが必要になったこと、審議会で積み上げた方向性と政策方針の整理が要ること、とされています。

4. 現場の受け止め

ここまで整理した論点は、いずれも「休息を確保する」という一点に収れんします。
一方で、制度として実効性を持たせようとすると、例外や線引きが避けられず、議論が複雑になりやすい分野でもあります。

そのうえで、提出見送りというニュースに触れたときに、やるせなさや不安、怒りに近い感情が湧くのは自然なことだと思います。
「休める方向に進むはずだった」という期待があったほど、その反動は大きくなります。気持ちが置き去りになったように感じる方もいるでしょう。

以下は、報道や資料だけでは拾いきれない「現場の受け止め」も踏まえた見解です。特定の立場を断定する意図はなく、働く人の健康確保を中心に、何が望ましいかを考えるための整理としてお読みください。

5. 規制緩和に振れても、企業は「労働者を大事にする環境整備」に動く方が望ましい

法改正がどう転ぶとしても、会社が先回りして整えておく価値があることは、正直あまり変わりません。
採用難の時代では特に、「辞めない職場づくり」=事業継続の基礎体力になりやすいからです。

ここからは、難しい制度論ではなく、いま取り組むべきことを挙げます。

5-1. いま会社ができること

① 連続勤務と休日の実態を「見える化」する

まず経営層が現場の勤務実態を正確に把握する必要があります。

  • 直近1〜3か月で、従業員の連勤がどのくらい発生しているかを確認します。
  • 法定休日がどれか、代休・振替休日の扱いがどうなっているかを整理します。
  • 休日に発生する短時間対応(在宅作業、チャット返信など)がある場合、まず実態を把握します。
    ※ここは法的評価が割れやすい領域もあるため、「全部こうすべき」と単純化せず、必要に応じて社労士等と相談しながら会社のルールを決めるのが安全です。

② 勤務間インターバルは“義務化待ち”ではなく「運用目標」として回す

現時点で一律の法的義務として確定した話ではありません。
ただ、将来の制度変更の可能性や人材確保の観点を考えると、今から「目標」として回しておく意味はあります。

  • まずは「前日終業→翌日始業」の最短ラインを把握
  • 繁忙部署から試行(例外ルールもセットで)
  • 改善策(当番制、締め作業の分解、ツール化など)を一つずつ入れる

③ 時間外連絡ルールは「短く・例外を明確に」

従業員の休息やプライベートの確保に配慮し、時間外の連絡についてルール整備を検討します。

  • 緊急の定義(事故・重大障害など)
  • 連絡窓口(誰が一次受けするか)
  • 返信期待の有無(“見たら返して”文化を止める)
  • 翌営業日の扱い(夜に投げず翌日に回す基準)

6. 働く側が自分を守るための実務

会社の整備には時間がかかることもあります。働く側としては、まず次の2つが現実的です。

  • 勤務実態をメモで残す(始業終業、休憩、時間外の連絡対応など)
  • 相談ルートを把握する(社内窓口、産業医、外部窓口など)

体調にサインがある場合は、医療機関の受診を優先してください。
※この章は医療・カウンセリング等の専門助言ではなく、一般的なセルフケアのヒントです。

7. 既存記事の案内

本記事は「見送りニュースの整理」と「いま整えておきたい実務」に絞りました。各論の深掘りは既存記事で詳しく整理しています。

免責

本記事は、報道および公開資料に基づく一般的な解説です。個別の適法性判断(労働時間該当性、割増賃金、36協定、就業規則等)は事実関係で結論が変わりますので、必要に応じて社会保険労務士・弁護士等にご相談ください。

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