<創業・スタートアップ経営基礎講座>第10回「価格の決め方と価格転嫁の基礎」

価格転嫁

目次

はじめに

商品やサービスの「価格」を決めるのは、創業者にとって最も難しいテーマのひとつです。
安すぎれば利益が残らず、かといって高くすれば顧客が離れてしまう。
感覚や相場だけに頼っていると、いつの間にか「がんばっても報われない構造」にはまりやすくなります。

一方で、適正な価格をつけられると、経営は一気に安定します。
値上げや価格転嫁をめぐるニュースが増えている今だからこそ、
自社にとっての“根拠ある価格”を持つことが、経営を守る第一歩になります。

本記事では、価格設定の基本構造から、価格転嫁・交渉の考え方までを順を追って整理します。

本記事は中小企業診断士兼行政書士が解説する 『やりたい!をカタチにする 創業・スタートアップ経営基礎講座』 の第10回です。
「ちょっと相談してみたい」「制度の使い分けに迷っている」――そんな段階でも大丈夫です。
ぜひ 当事務所の創業支援サービス にご相談ください。


1. 価格を構成する3つの要素

価格は大きく分けて、次の3つの要素で成り立っています。

  1. コスト(原価)
  2. 利益(リターン)
  3. 価値(顧客が感じる便益)

コストだけを見て値付けすると「安定はするが伸びにくい」構造になり、
価値だけを重視すると「ブランドは上がるが不安定」になりがちです。

重要なのは、コスト・利益・価値の3つをバランスさせること
どれかひとつが欠けると、価格は「説得力」を失ってしまいます。


2. 価格を決める3つの基本アプローチ

価格設定にはいくつかの考え方があります。
どれか一つに固定するのではなく、複数の視点を組み合わせて判断することで、根拠ある価格が導き出せます。


(1) コスト基準

最も基本的なのは「原価+利益」で計算する方法です。
仕入れや外注、人件費、経費をすべて洗い出し、その上に必要な利益率を上乗せします。

この「必要な利益率」とは、単に“儲けたい額”ではなく、事業を維持・成長させるために最低限確保すべき利益の割合です。
少なくとも次の3層を意識しておくと、現実的な数字になります。

  1. 経営を維持するための利益(税金・保険・設備更新など)
  2. 生活を支えるための利益(経営者自身の生活費)
  3. 成長に投資するための利益(広告・人材育成・設備投資など)

一般的な目安として、

  • 小売・飲食業:5〜10%程度
  • 専門サービス業:15〜30%程度
    がひとつの参考になります。

ただしこれは平均値にすぎません。
重要なのは、「いくらあれば事業と生活が回るか」を自社の数字で具体的に算出することです。

また、自分の労働を「コスト」に含める意識も大切です。
時給換算して最低賃金を下回っていないか、一度冷静に見直してみましょう。


(2) 競合基準

次に、市場や競合の価格を基準に考える方法です。
同業他社の相場を把握しておくと、自社の価格が高すぎるか・安すぎるかを冷静に判断できます。

相場を調べる方法はいくつかあります。

  • 公式サイトや料金ページの確認
  • クラウドソーシング・比較サイト(ランサーズ、ミツモアなど)の相場
  • 商工会議所・業界団体の資料
  • 顧客や仕入先へのヒアリング
  • 他事業者との情報交換

これらを組み合わせると、現実的なレンジが見えてきます。
ただし「相場に合わせる=自社の価値を手放す」ことには注意が必要です。
同じサービスでも対応の速さや丁寧さが違えば、価格差には理由が生まれます。

相場はあくまで目安であって、基準ではない
自社の強みを踏まえて、自分の立ち位置を決めましょう。


(3) 価値基準

最後は、顧客が感じる価値を基準に決める方法です。
「安心して任せられる」「トラブルを防げる」「対応が早い」といった無形の価値も、価格の一部です。

① 価値を分解して整理する

価値要素内容例
機能的価値申請が正確・早い・トラブルがない
感情的価値安心感・信頼感・相談しやすさ
社会的価値取引先や役所への印象・信用
付随価値アフターフォロー・提案力

② 差別化要素 × 数量化

競合と比べてどの価値をどれだけ高められているかを考え、
1段階上の付加価値につき5〜10%の上乗せを目安に設定します。

③ 構造を持たせる

価値の段階に応じてプランを用意すると、選びやすくなります。

  • ベーシック:標準サポート(5万円)
  • スタンダード:相談つき(6.5万円)
  • プレミアム:フォロー+助言(8万円)

④ 体験で説明する

「このプランでは、行政対応の手間をすべてこちらで引き受けます。
その分、事業に専念できる時間が10時間増えます。」

こうした具体的な成果として説明すれば、価格が納得されやすくなります。


3. 原価と利益の関係を見える化する

価格を決める際にもう一つ大切なのが、「原価と利益の関係」を把握することです。
感覚的に“このくらいで利益が出るだろう”と考えてしまうと、気づかぬうちに赤字を重ねることになります。


(1) 損益分岐点を知る

損益分岐点とは、売上高がどの水準を超えたら利益が出始めるかを示す基準です。
別の言い方をすれば、「会社が赤字でも黒字でもない状態をつくるために必要な売上高」です。

損益分岐点を知ることで、

  • 「今月あといくら売れば黒字になるか」
  • 「この仕事を何件受ければ採算が取れるか」
    を数字で把握できるようになります。

ステップ1:固定費と変動費を分ける

まずは、費用を「固定費」と「変動費」に分類します。

区分定義内容
固定費売上の増減に関係なく発生する費用毎月ほぼ一定して支払う経費家賃・保険料・通信費・人件費(正社員分など)
変動費売上や生産量に応じて変化する費用売上が増えると増え、減ると減る経費材料費・外注費・燃料費・配送費など

判断の基準は、「売上がゼロでもかかるかどうか」です。売上ゼロでも支払わなければならない費用は固定費です。仕入代金や配送料など、売上があることでかかる費用は変動費です。
固定費は企業の“体力”を、変動費は“動きやすさ”を表します。


ステップ2:変動費率を求める

次に、売上のうち変動費がどれくらいを占めているかを求めます。

変動費率 = 変動費 ÷ 売上高

例)売上100万円・変動費60万円 → 変動費率=0.6(60%)

この値が高いほど、売上が増えても利益が残りにくくなります。
たとえば材料費が多い業種(製造・建設など)は変動費率が高く、人件費中心の業種(士業・サービス業)は比較的低くなる傾向です。


ステップ3:損益分岐点売上高を計算

次に、どのくらいの売上で「利益ゼロ」になるかを計算します。

損益分岐点売上高 = 固定費 ÷(1 − 変動費率)

例)固定費40万円・変動費率0.6 →
 損益分岐点=40 ÷(1−0.6)=100万円

この式の意味をざっくり言うと、

「売上から経費(変動費)を引いた残りで、毎月の固定費をちょうどまかなえる売上高を求める式」

です。

たとえば、変動費率が60%ということは、売り上げた金額のうち6割が材料費や外注費で消えるということ。
残り4割(=1−0.6)が、固定費の支払いに使えるお金(=限界利益)です。

だから、
「固定費をこの“残り4割”で埋めるには、売上がいくら必要か?」
――それを逆算したのがこの式です。

つまり、

  • 固定費が大きいほど(家賃・人件費など)→必要な売上は増える
  • 変動費率が高いほど(材料費など)→残る割合が減るので、やはり必要売上が増える

という構造になっています。

つまり例の場合は、月100万円の売上でトントン、それ以上が利益になります。


用語の整理

用語意味覚え方
固定費売上に関係なく毎月発生する費用。ゼロでもかかる。「固定」=動かない費用
変動費売上や作業量に比例して変化する費用。「変動」=動く費用
変動費率売上のうち変動費が占める割合。60%なら、売上の6割が経費で消える
損益分岐点利益がちょうどゼロになる売上高。この線を超えると黒字になる境目
限界利益(粗利)売上−変動費で得られる利益。固定費の回収に使う。「1件売って残るお金」

感覚をつかむコツ

  • 変動費率が高いほど、損益分岐点は高くなる。
  • 固定費を抑えるか、変動費率を下げると経営が安定する。
  • サービス業は変動費率30〜50%、製造業・建設業は60〜80%が目安。

この関係を把握しておくと、「どこまで値下げしても赤字にならないか」「どれくらいの受注が必要か」といった判断が即座にできます。
数字に苦手意識がある方も、“固定費+変動費=必要売上”という構造を一度見える化しておくことが大切です。

4. 価格転嫁の考え方と実務の進め方

原価や利益構造を把握したら、次に必要なのが「価格転嫁」です。
ここでいう価格転嫁とは、原材料費・人件費などの上昇を適切に販売価格へ反映させることを指します。

多くの中小企業・個人事業では、「値上げ=顧客離れ」という不安から後回しにされがちですが、
実際は、きちんとした根拠をもとに説明すれば理解を得られるケースが多いものです。


(1) 価格転嫁が必要になる背景

昨今、仕入れや燃料、外注費などの上昇が続いています。
特に中小事業者は、価格の決定権が弱く、値上げを申し出づらい構造にあります。

しかし、価格転嫁をためらうと、

  • 利益率が下がる
  • 投資や人材育成の余力がなくなる
  • 結果として品質が落ちる
    といった悪循環を招きます。

価格を上げることは、利益を増やすためではなく、事業を健全に続けるための必要行為です。


(2) 法制度の観点:下請法のポイント

価格転嫁が話題になる背景には、法律の支援もあります。
「下請代金支払遅延等防止法(下請法)」では、発注側が一方的に取引条件を変更したり、
不当に値下げを要求することを禁じています。

たとえば、

  • 「資材費が上がったので単価を見直したい」と申し出た下請事業者に対し、
    一方的に拒否する、あるいは報復的に発注を減らす
    こうした行為は、法違反となる場合があります。

行政的には、中小企業庁や公正取引委員会が監視しており、
価格交渉の円滑化を促すための「価格交渉促進月間」なども実施されています。


(3) 価格転嫁のステップ

  1. 原価上昇の根拠を整理する
     仕入単価・燃料費・人件費など、どの費目がどれだけ上がったかを明確にする。
  2. 改定の影響を試算する
     売上・利益への影響を数値で確認し、現行価格との差額を算出する。
  3. 説明資料を準備する
     簡単な一覧表やグラフで、「原価上昇 → 利益圧迫 → 継続困難」という構造を可視化。
  4. 提案書として提示する
     「お願い」ではなく、「事業を継続するための提案」として書面やメールで伝える。
  5. 段階的な改定も選択肢に
     一度に全額転嫁せず、数回に分けて行う方法もあります。

こうして整理すれば、相手にとっても理解しやすくなり、交渉が建設的に進みます。


5. 交渉とコミュニケーションの基本

価格を「上げる」ことそのものよりも、どう伝えるかが実務では重要です。
同じ提案でも、伝え方ひとつで結果が変わります。
ここでは、実際の交渉で役立つ心理の仕組み――行動経済学の理論も交えながら、現場で使える考え方を整理します。


(1) 「お願い」ではなく「提案」として伝える

まず、交渉の前提として大切なのは、立場を下げすぎないことです。
「値上げをお願いしたい」ではなく、

「事業を安定して続けるための見直し提案です」
という表現に変えるだけで、相手の受け止め方が変わります。

交渉では、感情ではなくデータと理由で話すこと。
「なぜ今、この改定が必要なのか」を数字と根拠で説明できるかどうかが、信頼を左右します。


(2) 対話の段階を分ける

価格改定の話し合いは、1回で決着をつけようとせず、3段階に分けて進めるとスムーズです。

① 現状共有:まず“情報”で納得してもらう段階

いきなり値上げ額を提示せず、まずは事実を共有します。

「ここ半年で主要資材の仕入れ単価が12%上がっています」
「燃料費の上昇で、配送コストが月あたり3万円増えています」

この段階では、主観ではなく客観的データで語ること。
相手と同じ“現状認識”を持てたら、次の段階に進みます。

② 提案:複数案を提示して、相手に選択の余地を残す

次に、改定案を複数用意して提示します。

  • 案A:単価を10%上げるが、納期を据え置く
  • 案B:単価を5%上げる代わりに、納期を1日短縮
  • 案C:現行単価を維持するが、数量を見直す

こうすると、相手は「上げるか否か」ではなく、「どの案が最も現実的か」という視点で考えられます。
心理的抵抗を下げるには、選択肢を持たせることが効果的です。

③ 合意形成:決まった内容を“文書化”する段階

合意が見えたら、金額・適用時期・対象範囲を明記して、メールや覚書で確認します。
口頭だけの約束は、時間が経つと解釈がずれる原因になります。
文書化は、信頼を次の取引につなげる「習慣」です。


6. 行動経済学を活用する

交渉の場では、人の判断や感情の動きを理解しておくことが大きな助けになります。
ここでは、価格交渉で応用しやすい3つの理論を紹介します。

アンカリング理論|最初の提示が基準になる

人は、最初に提示された数字を基準に判断する傾向があります。
これを「アンカリング効果」と呼びます。

「20%の値上げを検討していますが、10%から段階的に進めることも考えています」

実際に狙っている値上げ率は10%ですが、このように初めに高めの数字を伝えると、相手の頭の中では“10%”が“譲歩した提案”として受け止められやすくなります。


プロスペクト理論|損失は利益より重く感じる

人は「得すること」よりも「損すること」に強く反応します。
たとえば、

「このままでは品質を維持できず、ご迷惑をおかけする可能性があります」
と伝える方が、「価格を上げたい」という表現よりも理解を得やすいのです。

“損を避けたい”という心理を前提に説明することで、納得感のある交渉になります。


松竹梅の法則|3段階の選択で納得を得る

人は「3つの選択肢」が提示されると、真ん中を選びやすい傾向があります。

  • 梅:据え置きプラン
  • 竹:5%値上げ+納期短縮プラン
  • 松:10%値上げ+優先対応プラン

こう提示すると、多くの顧客は中間の“竹”を選びます
この仕組みをうまく利用すれば、相手が自ら納得して選ぶ形を作れます。


7. 公的支援制度と相談窓口の活用

価格交渉や価格転嫁の課題は、事業者だけで抱え込む必要はありません。
国や自治体も、「取引の公正化」や「価格転嫁の円滑化」を重要政策として位置づけています。
ここでは、実際に相談できる主な窓口と、利用のポイントを具体的に紹介します。


(1) 「価格交渉促進月間」とフォローアップ調査

中小企業庁では、毎年3月と9月を「価格交渉促進月間」と定めています。
この期間中は、全国の商工会・商工会議所・業界団体などで、
価格交渉に関するセミナーや個別相談会が集中的に行われます。

また、交渉の実施状況を把握するための「価格交渉促進調査」も実施され、
下請事業者・親事業者の双方に対して、取引改善に向けたフォローアップが行われます。

ポイント
・「価格交渉」は特別なことではなく、国が推奨する正当な経営活動。
・行政が取引実態を把握し、必要に応じて指導・助言を行っている。

「相手に迷惑をかけるのでは…」という心理的抵抗を感じる人ほど、
こうした国の取り組みを知っておくと交渉への抵抗感が和らぎます。


(2) 商工会・商工会議所の経営相談窓口

全国の商工会・商工会議所では、価格交渉・価格転嫁を含む経営相談を常設で受け付けています。
対応内容は非常に実務的で、たとえば次のような支援が受けられます。

  • 原価や利益率の整理(損益分岐点の計算など)
  • 取引条件見直しのための説明資料作成
  • 経営計画・改善計画の作成支援
  • 中小企業診断士など専門家の無料派遣

商工会議所は、地域の取引構造をよく知っているため、
「同業他社ではどの程度の価格転嫁が行われているか」といった生の情報にも触れられます。
迷ったらまず最寄りの商工会に電話してみるのがおすすめです。


(3) 「下請かけこみ寺」

交渉や取引でトラブルが起きたとき、頼れるのが「下請かけこみ寺」です。
全国47都道府県に設置されており、弁護士や中小企業診断士が無料で相談に応じる公的窓口です。

たとえば、

  • 「原価上昇を伝えたら取引量を減らされた」
  • 「値下げを強要された」
  • 「契約書がなく、条件変更を一方的に言われた」

といったケースに対し、法律的観点と経営面から助言を受けられます。
必要に応じて、公正取引委員会や中小企業庁と連携した対応も可能です。

連絡先
全国統一ダイヤル:0120-418-618
受付時間:平日10時〜12時・13時〜17時

特に創業直後の事業者は、取引の力関係で不利になりやすいため、
「困ったときにどこへ電話すればいいか」を知っておくこと自体がリスク管理になります。


(4) 都道府県の産業振興センター

各都道府県には、経営支援を担う「産業振興センター」や「中小企業振興公社」があります。
茨城県であれば、公益財団法人 茨城県中小企業振興公社がその役割を担っています。

ここでは、

  • 経営改善・資金繰り相談
  • 専門家派遣(無料または低料金)
  • 取引先との調整支援
    などを行っています。

また、県独自の支援事業(例:経営力強化支援事業、伴走型支援)を通じて、
価格転嫁の背景にある経営体質の改善にも取り組むことができます。


(5) 「パートナーシップ構築宣言」

近年注目されているのが、「パートナーシップ構築宣言」です。
これは、企業が「取引先・サプライチェーンと共存共栄の関係を築く」という方針を公表する仕組みで、
中小企業庁が運営しています。

宣言企業は、補助金審査などで加点対象になるほか、
自社のホームページに「取引に誠実な企業」であることを示せる効果もあります。

創業者への活かし方
・取引先が宣言企業であれば、価格転嫁の相談に応じてもらいやすい。
・自社が宣言企業になれば、「誠実な経営姿勢」を外部に示せる。

価格交渉を「対立」ではなく「協働」として捉えるための第一歩です。


(6) 相談の活用ポイント

  • 早めに相談する:トラブル化する前の段階で動いた方が解決しやすい。
  • 根拠を準備する:原価上昇のデータ・契約書・メール記録などを整理しておく。
  • 複数の窓口を併用する:商工会・振興センター・下請かけこみ寺を状況に応じて使い分ける。

制度を使うことで、単なる交渉ではなく「行政が支援する正当な改善活動」として位置づけられます。
一人で悩まず、“相談すること自体が経営力の一部”と考えるのが良いでしょう。


価格転嫁や取引条件の見直しは、信頼を損なわない範囲で経営を守る行為です。
制度を味方につければ、法律面でも心理面でも安心して交渉に臨めます。




8. 価格戦略とブランディングの関係

価格は単なる数字ではなく、事業者の姿勢を映すメッセージです。
「いくらで売るか」という決断には、「どんな顧客に、どんな姿勢で関わりたいか」という意思が込められています。


(1) 価格は“メッセージ”になる

高価格であっても、理由が伝わっていれば顧客は離れません。
むしろ、「この価格でこの品質を守っている」という説明ができれば、ブランドとしての一貫性が生まれます。

たとえば、

  • 「急ぎではなく確実性を重視する」
  • 「少数の顧客と深く関わる」
  • 「アフターフォローを重視する」
    といった方針があるなら、それを反映した価格設定が自然です。

価格は広告よりも雄弁です。
「どんな人に、どんな姿勢で価値を届けたいか」を言葉にしておくことで、
価格が単なる数字ではなく、“選ばれる理由”になります。


(2) 値下げは短期策、信頼は長期資産

値下げは一時的な受注にはつながっても、ブランドをすり減らすリスクがあります。
創業初期は「まずは仕事を増やしたい」という気持ちが強くなりがちですが、
価格を下げて受けた仕事は、次の取引でも低単価が基準になりやすい。

一方、「適正な価格で誠実に対応する」姿勢は、時間はかかっても信頼として積み上がります。
結果的に、価格を理由に断られる回数が減り、紹介が増える。
これは、ブランドが“価格を守ってくれる”状態です。


(3) 顧客層を明確にする

ブランディングと価格戦略を一致させるには、
「誰に選ばれたいか」を明確にすることが欠かせません。

  • スピード・低価格を求める層を狙うのか
  • 品質・安心を重視する層と長期的に付き合うのか

どちらも悪くありません。
ただし、どちらも狙うとメッセージがぼやけ、価格に説得力がなくなります。

「この価格帯なら、この姿勢で、この層と付き合う」
――そうした整合性がとれているほど、ブランドの印象は安定します。


(4) 価格を通じて信頼を育てる

価格を上げる・下げるという行為そのものよりも、
「なぜその価格なのかを説明できる状態」が大切です。

「どんな手間やリスクを引き受けているのか」
「この品質を保つために、どんな体制を整えているのか」

こうした話を誠実に伝えるだけで、取引先の理解は深まり、
価格交渉が“説得”ではなく“共通認識の確認”に変わります。


価格戦略とブランディングは切り離せません。
ブランドがあるから高く売れるのではなく、
価格を通じてブランドが形づくられるのです。

価格の裏づけを丁寧に語る習慣が、そのまま信頼を積み上げる行為になります。


9. 創業初期の価格設計と行動計画

創業まもない時期ほど、価格を「なんとなく」で決めてしまいがちです。
けれど、最初の価格設定はその後の顧客層と事業リズムを決定づけます。
ここでは、実際に価格を設計・検証し、定着させるまでの5つのステップを紹介します。


(1) ステップ1:自分の「基準価格」を作る

まずは、「これ以下では受けない」という最低ライン(基準価格)を決めます。
損益分岐点や固定費・変動費から逆算して、1時間あたり・1件あたりの最低単価を出しておきましょう。

たとえば:

  • 月の生活費+事業経費が30万円
  • 稼働可能時間が150時間
    → 必要な時間単価は 2,000円/時

このラインを明確にすると、「焦って安請け合い」することが減ります。
経営の安定は、まず断る勇気を持つための数字から生まれます。


(2) ステップ2:仮の価格を市場に出して反応を見る

最初から完璧な価格を狙う必要はありません。
むしろ、仮の価格でテストする方が現実的です。

  • 3〜5件の顧客に異なる価格で見積もりを出す
  • ホームページに価格を載せ、問い合わせ率を計測
  • 値下げではなく「サービス内容を変えたA/Bテスト」を行う

反応を観察しながら、顧客がどこに価値を感じているのかを掴みます。


(3) ステップ3:反応を数値化して分析する

感覚ではなく数字で判断しましょう。
問い合わせ数・成約率・利益率を並べて比較すると、 “最も効率の良い価格帯” が見えてきます。

価格問い合わせ数成約率粗利益率
30,000円10件80%45%
35,000円8件70%52%
40,000円6件60%58%

たとえばこの場合、35,000円が「収益と成約のバランスが最も良いライン」です。
テスト結果を蓄積していけば、値上げ・値下げの判断が感覚ではなくデータに基づく経営判断になります。


(4) ステップ4:値上げのタイミングを設計する

価格は一度決めて終わりではなく、見直しを前提に設計することが重要です。
「いつ」「何を根拠に」値上げを行うか、あらかじめルールを決めておきましょう。

例:

  • リピート率が○%を超えたら
  • 作業時間を○%短縮できたら
  • 新しい付加価値を追加したら

このように、成果や改善に基づいた“値上げ条件”を設定しておくと、
顧客に対しても「根拠ある改定」として説明しやすくなります。


(5) ステップ5:定期的な見直しを仕組みにする

半年ごと、あるいは決算月に合わせて、価格レビュー日を設定しましょう。
確認項目はシンプルで構いません。

  • 経費や仕入れは増えていないか
  • 顧客の層やニーズは変化していないか
  • 他社の価格とのバランスは妥当か

この習慣を持つことで、突発的な値上げや慌てた交渉を避けられます。
「仕組みで価格を守る」ことが、長期的な安定を支えます。


行動計画シート(例)

期間目的主な行動成果指標
1か月目原価構造の把握経費を分類し、損益分岐点を計算月次収支表を作成
2か月目市場価格の確認同業他社3社の料金を調査価格帯を把握
3か月目試験導入3パターンの価格で提案成約率・利益率を比較
4〜6か月目改定計画結果をもとに価格再設計新価格表を作成
6か月以降定着と見直し定期レビューを設定継続率・利益率を確認

価格設定は、マーケティングでもあり、経営管理でもあります。
小さく試し、数値で見直し、信頼で育てていく。
そのプロセスを繰り返すうちに、価格が自社のブランドを語る言葉になっていきます。


「価格を決めることは、ブランドを育てること」
「数字を見ることは、自分の価値を見つめること」

という本質が浮かび上がります。


10. まとめ ― 価格を決めることは、経営を決めること

価格を決めるとは、単なる計算ではなく、自分の事業の在り方を決めることです。

安さで選ばれるか、信頼で選ばれるか。数字の裏にあるのは、経営者としての価値観です。

焦らず、誠実に、少しだけ戦略的に。
価格を整えることが、経営を整えることにつながります。


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第9回 はじめての会計会計の基本構造を理解し、経営判断に役立つ数字の見方を身につけます。
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