「モームリ家宅捜索と労働時間規制緩和―『辞める自由』が揺らぎはじめるのか?
退職代行サービス「モームリ」を運営するアルバトロス社が、警視庁の家宅捜索を受けたと報じられました。

また21日に首相に就任した高市首相が時間外労働の上限規制について「緩和の検討」を指示したというニュースも出ています。

一見無関係に見える二つの出来事ですが、いずれも「働く」と「辞める」の境界を静かに揺らす動きとして受け止められます。
1. モームリ家宅捜索と労働時間規制緩和の事実関係
2025年10月21日、警視庁はアルバトロス社など関係先を弁護士法違反の疑いで家宅捜索しました。
退職希望者を弁護士にあっせんし、紹介料を受け取った疑いに加え、「退職の意思伝達」という本来の範囲を超え、未払い残業代の請求などの法的交渉に関与した可能性が指摘されています。
弁護士法第72条は、弁護士以外の者が報酬目的で法律事務を扱うことを厳しく禁じています。
(非弁護士の法律事務の取扱い等の禁止)
第七十二条 弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。ただし、この法律又は他の法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。
一方、同日報道された高市首相の発言では、労働時間規制の見直しが検討課題として挙げられました。
「働き方改革の再点検」とも受け取れる指示ですが、実際には労働時間の柔軟化=規制緩和の方向へ議論が進む懸念もあります。
どちらのニュースにも共通しているのは、「働く人の側の自由が狭まっていく」という構図です。
2. 非弁行為と「法の隙間」に生まれたグレーゾーン
退職代行は、本来「退職の意思を本人に代わって伝える」だけであれば違法ではありません。
しかし、未払い賃金の請求や損害賠償の交渉といった法的領域に踏み込めば、非弁行為にあたります。
この線引きは極めて細く、サービスを拡大する中で一部の事業者が境界を越えてきた現実があります。
問題は、それが制度の不備の中で需要に応じた結果でもあったという点です。
退職をめぐる法制度は「働くこと」ほど整っておらず、行政機関や社内窓口も十分に機能しているとは言い難い。
こうした環境が、「グレーなビジネス」が成長する余地を与えてきました。
つまり、非弁の問題は単なる法令違反ではなく、制度の隙間に押し出された現実でもあります。
現行の法制度では、退職代行業者が本人に代わって「退職の意思を伝える」こと自体は違法ではありません。
しかし、会社側と交渉を行えば弁護士法第72条が定める非弁行為に該当する可能性があります。
この線引きは明快である一方、サービスとしての付加価値を削ぐジレンマを生んでいます。
利用者が本当に求めているのは「辞めます」と伝えることよりも、その後の調整や圧力からの保護だからです。
つまり、法が許す範囲のままでは需要を満たしにくく、越えれば違法となる――。
この“狭間”こそが、退職代行というビジネスの宿命であり、社会的な議論が置き去りにされてきた部分でもあります。
3. 「働かせやすく、辞めにくい社会」への流れ
今回の家宅捜索は、あくまで特定企業のコンプライアンス上の問題です。
ただし、こうした事案が続けば「退職代行」という仕組みそのものへの風当たりが強まり、結果的に辞める手段そのものが狭まる可能性があります。
一方で、労働時間の上限規制緩和が進めば、企業は労働時間をより柔軟に設定しやすくなります。
その結果、働く側の拘束時間が再び伸びる懸念も否定できません。
二つの動きが同時に進むとき、社会は「働かせやすく、辞めさせにくい」方向へ傾きやすくなります。
退職を「わがまま」とみなし、辞める人に責任を押しつける文化はいまだ根強く残っています。
その文化の中で、退職代行は“逃げ”ではなく、自分を守るための最終手段として機能してきました。
その役割を否定するだけでは、問題は解決しません。
4. 若者のセーフティネットとしての機能と市場性
違法な運営が存在したとしても、退職代行が果たしてきた役割には社会的な意味がありました。
とくに20〜30代の若年層では、上司への直接通告が難しい、ハラスメントを受けている、メンタルが限界に近い――そうした状況で、退職代行が唯一の出口になることがありました。
その背景には明確な市場性があります。
- 即時性と遮断効果:当人を矢面に立たせず、即日で退職の意思を伝えられる。
- アクセスのしやすさ:オンラインで完結し、費用も2〜5万円程度と現実的。
- 心理的安全性:直接対話によるトラウマや報復を避けられる。
こうしたニーズは特定の業界や属性に限られず、働き方が多様化するほど高まっていったとも言えます。
若者を中心に、退職代行はすでに「特殊なサービス」ではなく、「現実的な選択肢」として定着しつつありました。
それだけに、非弁行為の摘発がこの市場を一気に冷え込ませるような結果を生めば、
社会はまた一歩、「働かせやすく、辞めさせにくい構造」へと近づいてしまうかもしれません。
退職代行の存在が示していたのは、違法性ではなく、「辞めにくさ」そのものがビジネスになる社会の歪みです。
(追記)モームリの家宅捜索を受け、SNS上では競合他社が「退職代行難民の受け皿」を名乗り出る動きも見られました。当該ポストをしているEXIT社は元々退職代行のビジネスモデルを立ち上げたものの、市場はモームリに取られてしまっている状況でした。
倫理や制度の議論が追いつく前に、需要が市場を駆け回る――。
このスピード感そのものが、退職代行というビジネスの宿命を映しているのかもしれません。
5. 結び―「辞める自由」を守れる社会であるために
モームリ家宅捜索と労働時間規制緩和――この二つのニュースは、偶然ではあっても、同じ方向を映しています。
働く自由を広げる動きの裏で、辞める自由が静かに揺らぎはじめている。
いまはまだ奪われたわけではありませんが、その均衡が崩れる兆しは確かに見えます。
働くことと辞めることは対立ではなく、表裏一体です。
どちらか一方が重くなりすぎれば、働く意欲そのものが萎みます。
制度や文化がどう変わっても、「辞める自由」を当然の権利として守れる社会でありたい。
そのために今、立ち止まって考える時期に来ているのだと思います。
(追記)SNS上では当のモームリの元従業員を名乗るアカウントが、非弁行為を公益通報したことにより会社から2200万円の損害賠償を請求されたとの告発も出ています。
詳細は明らかではありませんが、「声を上げた人が訴えられる」構図は、サカイ引越センターのスラップ訴訟にも通じます。

