事前着手禁止を誤解しない — 契約・発注・支払いの「線引き」実務
1. 先に結論
補助金申請における「事前着手禁止」は、誤解されがちです。まず押さえていただきたいのは、原則として補助金の交付決定“後”に契約・発注・支払いを行う、というルール。
ただし、実務では「交付決定前に動かないと間に合わない」というケースも出てきますよね。そうしたグレーな状況を乗り切る鍵は、「証拠が残る運用」と「時系列の整合性」で、監査に耐えうる証跡を残すことです。
今日すぐにできることは、たった3つの社内フローと書式を整えること。
- 発注前確認票
- 注文書
- 支払記録
これらを整備するだけで、リスクは大幅に減らせます。
2. 用語の整理(ここを外すと全部ズレる)
「事前着手禁止」を正しく理解するには、まず用語の整理が必要です。
- 採択通知: あなたの事業計画が補助金の対象として選ばれた、という通知です。しかし、この段階ではまだ交付額は確定していません。
- 交付申請: 採択通知を受け、正式に交付を求める書類を提出します。
- 交付決定: 事業計画と経費が正式に認められ、補助金の交付が確定するタイミングです。これ以降の経費が補助対象となります。
- 補助事業期間: 交付決定日から、事業の完了・実績報告までに許される期間。
- 支出日: 実際に費用を支払った日。
- 検収日: 発注したモノやサービスが納品され、内容に問題がないことを確認した日。
また、「契約成立」は、書面だけではありません。口頭やメール、チャットでの合意、さらにはウェブサイト上の「注文する」ボタンのクリックも、法的には契約が成立したと見なされます。問題は、どのタイミングで「お金の移動」や「義務の発生」が生じるかです。
3. 安全運用の全体像
申請前 → 申請中 → 採択 → 交付決定 → 実施 → 実績報告 → 精算
それぞれの段階で、安全に動くためのポイントは次の通りです。
- 申請前・申請中: アイデアを練り、相見積もりを取り、仕様書を作成する段階です。
- 採択: ベンダーと具体的な金額や納期を調整し、拘束のないスケジュール仮押さえを行うことは可能です。ただし予約金・違約金・キャンセル制限のある合意は不可です。
- 交付決定: この日以降に契約・発注・支払いをすべて行います。これが基本中の基本です。
4. 早見表:OK/NG/要注意の線引き
「どこまでがOKで、どこからがNGなの?」という疑問を、具体的な例で整理しましょう。
| OK例(事前着手にならない) | NG例(事前着手と見なされる) | 要注意(ケースバイケース) |
| 見積取得、要件定義、仕様書作成 | 内金・予約金支払、発注書送付、契約締結 | ドメイン取得(費用発生) |
| 相見積の依頼、ベンダー仮予約(無償) | クリックでの利用開始(有償) | SaaSのトライアル→自動課金 |
| 撮影スタジオの仮押さえ(キャンセル料あり) | ||
| デザイン“ラフ”発注(作業開始と見なされる) |
5. グレーゾーン判定フロー(1分チェック)
迷ったときは、次の3つの質問に答えてみましょう。1つでも当てはまれば「NG」と判断し、交付決定後に回すのが安全です。
- 金銭の移動がありますか?
- 例:予約金、前払い金、内金、支払いの発生。
- 相手方に履行義務が発生しますか?
- 例:キャンセル不可、違約金が発生する契約。
- 成果物の権利移転が起きますか?
- 例:成果物の所有権があなたに移る。
このフローで「YES」と判定されたら、その行為は補助金の対象外経費と見なされるか、最悪の場合、事業そのものが不交付となるリスクをはらみます。
6. 経費別の“つまずき”ポイント
特にトラブルになりやすい経費について、注意点を解説します。
- 広告・HP制作: 初期費用と運用費の区別が重要です。「納品日=検収日」と定義し、検収が交付決定後になるように契約します。
- 機械装置・備品: 「注文書送付 → 納品 → 検収 → 支払」の順序を遵守します。リースやレンタルは「所有権の移転がない」ため、月々の支払いが補助期間内に収まるか注意が必要です。
- ソフトウェア・SaaS: 課金開始日が交付決定日以降になるように調整します。年払いの場合は、全額が補助対象期間内に収まるか、ベンダーとよく確認しましょう。
- デザイン・印刷: 「ラフ制作」も、実態として業務委託契約の開始と見なされるリスクがあります。
- 外注・委託: 「準委任契約」のような成果物の定義が曖昧な契約では、どの時点で業務が開始されたと見なされるか、契約書に明記します。
- 旅費・交通費: 発生主義(出張日)ではなく、支払主義(精算日)で経費を管理します。
※支払いがクレジットカードや立替の場合は、引落日(精算日)が事業実施期間内であることと、明細・引落通帳・精算書の3点セットが必要です。
7. 書式セット:これだけあれば守れる
複雑なルールをシンプルに運用するためには、型が必要です。最低限、この3つの書式を整えましょう。
- 発注前確認票(社内): 交付決定前は「発注不可」に赤チェックを入れるなど、社内でのチェックを徹底します。
- 注文書/発注書(対外): 補助事業の「交付決定通知番号」と「事業期間」を必ず明記します。契約効力発生日=交付決定日以降である旨を条項に明記。
- 支払記録テンプレート: 請求書・領収書・通帳の写し・クレジットカード明細を紐づけるルールを定め、証拠を確実に保管します。
8. ベンダーへの説明テンプレート(メール文面)
「補助金ルールで…」とだけ伝えると、ベンダーを不安にさせてしまうかもしれません。協力的な関係を築くためのテンプレートを用意しておきましょう。
件名: 【補助金事業】〇〇社とのシステム構築における今後のスケジュールご相談
本文:
〇〇様
いつも大変お世話になっております。
このたび、弊社〇〇事業が補助金の採択を受けまして、貴社に発注させていただきたくご連絡しました。
補助金のルール上、正式な発注は「交付決定後」となります。
交付決定の予定は〇月〇日頃ですが、それまでの間に仕様や金額の最終調整を進めておくことで、スムーズな着手を目指したいと考えております。
つきましては、お見積もりと仕様書の調整は先行して進めさせていただけますでしょうか?
正式な契約書への押印や発注書の送付は、交付決定後とさせてください。
お忙しいところ恐縮ですが、ご協力のほどよろしくお願いいたします。
9. スケジュール逆算例:締切からの実務カレンダー
「交付決定日」から逆算して、スケジュールを組みましょう。
- 交付決定予定週の2週間前: 相見積もりを完了させます。
- 交付決定予定週の1週間前: 最終仕様を確定させます。
- 交付決定日当日: 注文書を即座に送付します。
10. エビデンス設計:あとで揉めないための撮り方・残し方
補助金は、経費の「証拠」がすべてです。
- 画面キャプチャ: SaaSやオンラインサービスの場合、注文ボタンを押す前後の画面をキャプチャしておきましょう。
- チャットログ: ベンダーとのやり取りは、必ずエクスポートして保存しておきます。
- 写真: 納品された機械や備品は、設置後の写真を撮って保管します。
11. ありがちミスと復旧策
- うっかり前金を払ってしまった: 事業計画の変更承認申請を行うか、その前払い分を補助対象外経費に振り替えることで、事業を再構成します。
- 自動更新で課金が始まってしまった: まずはベンダーに事情を説明し、課金停止と日割りでの返金を依頼します。
12. FAQ(現場からの声に短答)
- 「採択後なら着手OK?」
- いいえ、交付決定までは不可が原則です。
- 「ドメインだけ先に取りたい」
- ドメイン取得は「契約・支払い」と見なされます。代替案として、先に社内でドメイン名を決めておき、デザイン制作だけ先行する、という方法があります。
- 「予約金ゼロで枠確保は?」
- 可能です。ベンダーとの間で「予約金・違約金なしで、キャンセル自由」という旨の書面を交わすことで担保します。
13. ミニコラム:待つリスクと急ぐリスク
「事前着手禁止」は、私たち事業者にとって、待つことの焦りと、急ぐことのリスクを天秤にかける作業でもあります。早急に発注し、もし不採択になれば全額自己負担です。一方で、納品が遅れればビジネスチャンスを逃すかもしれません。
どちらのリスクが大きいかを、売上へのインパクトや、代替品の有無で定量的に比較し、冷静に判断することが重要です。
14. まとめ(実務アクション3つ)
最後に、今日からできることを3つに絞ります。
- 発注前確認票をいますぐ作る。
- ベンダーへの説明テンプレートを準備しておく。
- 証拠保管フォルダを用意する。
15. 注意
本記事は、補助金申請における一般的な実務の指針として提供するものです。制度や公募要領は随時変更されるため、必ず最新の公募要領や手引きで最終確認を行ってください。
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