改正行政書士法を「リスク」と捉えるか、「責任」と捉えるか――独占が明確になるほど、専門職に求められるもの

改正行政書士法を「リスク」と捉えるか、「責任」と捉えるか――独占が明確になるほど、専門職に求められるもの

※本稿は特定の個人・団体・業態を批判する趣旨ではなく、改正行政書士法を起点とした一般論の整理です。

目次

改正行政書士法で、何が「明確化」されたのか

2026年1月1日施行の改正行政書士法をめぐる議論は、「行政書士の独占領域を守る」という視点で語られがちです。もちろんそれも一面として正しいのですが、実務家として向き合うと、もう一段大事な点があります。
それは、独占が明確になるほど、同時に「責任の所在」も明確になる、ということです。

今回の改正を象徴するのが、条文上の位置づけの変化です。第1条は従来の「目的」から「使命」へ改められ、行政書士が業務を通じて「国民の権利利益の実現に資する」ことが明記されました。つまり、単なる業務規制の強化というより、「何のためにこの専門職が存在するのか」を、法が正面から言語化した改正でもあります。

また、業務制限(19条)に関しては、「他人の依頼を受けいかなる名目によるかを問わず報酬を得て」という趣旨の文言が加わり、会費・指導料・コンサル料等の名目であっても、対価を受領して業として官公署提出書類等を作成する行為は違反となり得る点が、より明確に意識される形になっています。

さらに両罰規定(23条の3)についても整備が進み、違反行為者だけでなく所属法人にも罰金が及び得ることが明確化されています。

改正後は、悪質なコンサル業者などだけでなく、行政書士が名義貸しなどで罪に問われるケースも増えるかもしれません。今回の改正を「行政書士自身に対する締め付け」と捉えると、改正は“リスク増”に見えます。
一方で「不正を入りにくくする抑止設計が求められている」と捉えると、“責任の言語化”に見えてきます。

同じ改正を「リスク」と捉えるか、「責任」と捉えるか

同じ制度変更でも、受け止め方が割れることがあります。

「行政書士のリスク」として捉える見え方

不正が後を絶たないなら、結局、業務が一本化された行政書士に責任が寄っていき、「何かあれば資格者が責任を取る構図になるのではないか」という警戒心が先に立つ見え方です。

「行政書士の責任」として捉える見え方

責任の所在を明確にして、不正を抑止するために、専門職として確認・説明・記録を実装していくべきだ、という見え方です。

どちらが“善”という話ではありません。長く現場に関わるほど、ダーティー面を知る分だけ、前者の見え方が強くなることもあります。むしろ、その警戒心は現実を見ている証拠でもあります。

ただ、ここで一つだけ切り分けておきたい論点があります。

「品質の問題」と「適法性・責任の問題」は、同列にしない

入管など特定の手続に限らず、官公署提出書類の世界では、次の論点が混線しがちです。

  • 品質の問題:詳しい・詳しくない/丁寧・雑/経験が浅い・深い
  • 適法性の問題:その役割分担・対価の取り方は適法か
  • 責任の問題:誰が作成主体で、誰が確認し、誰が説明したのか(後から説明できる外形)

「経験が浅い行政書士がいる」「分からない人がいる」という“品質の話”は起こり得ます。
しかし、それと「名目を変えた対価で無資格者が実質的に書類作成を行う」とか「だからこそ無資格だけど業界に精通してるコンサル会社は必要悪なんだ」といった“適法性・責任の話”は、同列ではありません。ここを同列に語ってしまうと、品質問題を理由に適法性問題が正当化されるような、危うい議論になりやすいからです。

むしろ品質問題があるのなら、専門職側は「専門分化」「受任範囲の線引き」「体制整備」で対応すべきです。
そして適法性・責任の問題は、「役割分担」「契約」「記録」「抑止設計」で対応すべきです。対処法がまったく違います。

「責任を明確にする」ことの意味は、懲罰ではなく抑止です

今回の法改正について、「行政書士にグレー業者の申請業務を集約させ、何か法に触れることがあれば資格剥奪等で責任を取らせるためでは」といった見方が出ることがあります。現場で嫌な思いをしてきた人ほど、そう勘ぐりたくなる気持ちもあるのでしょう。

ただ、制度設計として健全なのは「懲罰のための仕組み」ではなく、「不正が入りにくい仕組み」です。
責任の所在を明確にするのは、誰かを吊るすためではなく、虚偽や不正が混ざる余地を減らすための“抑止”として機能させるのが筋だと思います。

このとき、行政書士の価値は「書類を作る人」で終わりません。
虚偽が入りにくい工程を設計し、当事者に理解してもらい、後から説明できる外形を残す人になります。ここまで行って初めて、行政書士は「制度を守る最後のストッパー」としての存在意義を発揮できます。

実務:ストッパーとしての3ポイント(確認・説明・記録)

行政書士が制度のストッパーとして機能するためのポイントは3つだけです。「確認」「説明」「記録」です。

1)確認:虚偽が混ざりやすい箇所に“観点”を置く

虚偽や齟齬が起きやすいのは、だいたい決まっています。入管業務を例に取るならば、

  • 経歴(学歴・職歴・技能歴)の整合
  • 受入条件(職務内容・就労条件)が申請内容とズレていないか
  • 当事者が「都合よく省略した情報」がないか

全部を“完全に証明”するのは現実的ではありません。だからこそ、行政書士側で「最低限ここは確認する」「ここはこの証憑で支える」という観点を持ち、依頼者にも共有しておくことが重要です。
確認とは、相手を疑う行為ではなく、将来の不利益を減らすための工程です。

2)説明:脅しではなく、将来の不利益を“理解”に変える

虚偽が混ざった場合に困るのは、受入企業だけでも、外国人本人だけでもありません。両方が不利益を被ります。
だからこそ、行政書士は「通すための小細工」ではなく、「将来の不利益を生まないための説明」を担う価値があります。

説明で大事なのは、道徳ではなく、事実として淡々と伝えることです。

  • いまの手続が通っても、後の更新・変更で整合が取れなくなると苦しくなる
  • 受入企業側も、信用や運用コストに直撃する
  • だから、最初から整合する形に整える必要がある

この説明ができるかどうかで、「行政書士が関与する意義」が価格ではなく“安心”として伝わり始めます。

3)記録:後から説明できる外形を残す

ストッパーとして機能するために最も重要になるのは「外形を残すこと」です。

  • 誰が作成主体か
  • 誰が確認したか
  • 何を説明したか
  • どの資料に基づいて整合を取ったか

これが後から説明できる状態になっていれば、責任は“押し付け”ではなく“設計”になります。
逆に、ここが曖昧なままだと、責任だけが重くなってしまい、リスク感ばかりが強まります。

そしてこの「記録」は、単なる自己防衛ではなく、そもそも法令・規律とも接続しています。
行政書士法でも、業務に関する帳簿の備付・記載と、帳簿および関係書類の保存(2年間)が規定されています。
また、行政書士職務基本規則でも「事件簿」を備え、所定事項を記載し、閉鎖後一定期間保存することが定められています。

ここを押さえると、「記録を残す」は“面倒な作業”ではなく、専門職としての姿勢を外形化する行為になります。現場の抑止力は、往々にしてこの外形から生まれます。

独占領域が明確になるほど、恩恵と責任はセットになります

補助金、自動車手続、入管――分野は違っても、共通する感覚があります。
独占領域が明確になるほど、収益機会が増える一方で、責任や処分リスクをより意識して「気を引き締める必要」も増します。

ただ、ここで言う「気を引き締める」は精神論で終わらせたくありません。
先ほどの3点セット(確認・説明・記録)を工程として実装することが、専門職としての“引き締め”の具体形だと思います。

現場のダーティー面を知っている人ほど、疑心暗鬼にもなれます。
でも同時に、だからこそ「どうすれば不正が入りにくくなるか」を設計できる側にもなれます。今回の改正で「使命」が明示された以上、専門職としての価値は、こうした工程設計のところでこそ問われていくのだろうと感じます。


「リスク」としての見え方を否定する必要はありません。現実を知っているからこそ出てくる感覚です。
そのうえで、最終的な着地点を「責任=抑止設計」に置けるかどうか。ここが、専門職としての分かれ目になってくるんだろうと思います。


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