行政DXで行政書士の仕事はこう変わる プッシュ型行政が迫る“転換点”

現在繰り広げられている衆議院選挙でチームみらいが掲げている重点政策に「プッシュ型行政の推進」があります。
プッシュ型行政とは、マイナンバーや所得・住民情報などのデータをもとに、行政が自動的に支援対象を抽出し、必要な情報や申請案内を先回りして通知する仕組みを指します。
災害時の物資供給など、従来の「要請を待たない支援」から発想が広がったものです。目的は、制度を知っている人だけが支援を受けられる現状を変え、「必要な人の手元に確実に支援が届く」状態をつくることにあります。
これまで行政サービスの多くは「申請主義」が基本でした。
つまり、「制度を知って」「要件を確認して」「期限までに申請した人」だけが支援にたどり着ける構造です。
しかし、子育て直後、介護、病気、収入減、災害直後など、生活が揺れている局面ほど「調べる・揃える・提出する」余力を失いがちです。
そこで注目されているのが、行政側が支援の導線を能動的に“届ける”プッシュ型行政なのです。
1. 災害対応の「要請待ちをしない支援」から生まれた発想
プッシュ型の考え方は、もともと防災の現場で生まれたという視点を持つと理解しやすいです。内閣府では、防災分野における「プッシュ型支援」を、被災自治体からの具体的な要請を待たずに、国が必要物資を調達・緊急輸送する仕組みとして説明しています。
大規模災害の初動では、被災側が状況把握に時間を要するため「待っていると遅い」ことが想定されます。こうした「待たない」「取りこぼさない」という考え方を、平時の福祉・給付・各種行政サービスにも広げたものが、一般に言われるプッシュ型行政のイメージです。
2. 実務で見える「プッシュの3段階」
プッシュ型といっても、いきなり「全自動給付」を指すわけではありません。現実的には、以下の3段階で整理すると理解しやすいです。
(1)情報のプッシュ
対象になり得る人へ、「利用できる制度があります」「期限が近いです」「必要書類・手順はこれです」と行政側から通知を届ける形です。
(2)手続のプッシュ
煩雑な入力などの手続きを自動化などで簡略化します。
- 申請フォームが最初から入力済み(プレフィル:あらかじめ基本情報が入力された状態)
- 添付書類が行政内の情報連携で減る
- 同じ情報を何度も書かない(ワンスオンリー:一度提出した情報は再利用)
つまり、「申請は残るが、苦痛を減らす」方向性です。
(3)給付のプッシュ(自動化に近づける)
要件が明確で、本人確認や適正判定が可能な制度では、住民の操作を最小限にして、同意のワンクリックで支給が完了するような“自動支給に近い形”を目指す段階です。
3. チームみらいが示す「プッシュ型行政」の方向性
「チームみらい」では、福祉サービスが「申請しないと受けられない」構造を問題視し、申請主義を脱して「必要な人に必要な支援を(申請なしで)届ける」方向を提案しています。
政策文書では、利用者の状況やニーズに基づき、AIが関連する公的制度・支援団体・地域資源などを“プッシュ型で提案”する構想が示されています。ここでのポイントは、単にAIを導入することではなく、制度にたどり着く導線を「検索・自己申告」依存から引き剥がす設計思想にあります。
4. すでに近い動き:マイナポータルの通知機能
すでに一部では、プッシュ型の“部品”が実装されています。マイナポータルには、新着情報や申請状況の更新をスマートフォンへ通知する「プッシュ通知」機能があり、運用面での改善も続いています。
もちろん、これだけで「申請なし給付」になるわけではありませんが、通知 → 導線 → 手続の軽量化という流れは、プッシュ型行政への現実的な第一歩といえるでしょう。
5. 実現の条件と設計リスク
便利な仕組みほど、誤通知・誤給付・信頼失墜のリスクを伴います。プッシュ型行政を現実に機能させるための条件は次のとおりです。
(1)データの正確性と更新の仕組み
世帯・所得・扶養・住所などのずれが生じると、「対象外の人に通知が行く」「対象の人に届かない」といった事態が起きます。訂正手続や異議申し立て、例外処理の導線がセットで必要です。
(2)本人同意と説明責任
「なぜ対象なのか/なぜ対象外なのか」「どの情報を使ったのか」「通知を止められるのか」。この説明が弱いと、便利さより不信が先立ちます。
(3)デジタルで届かない人への手当
スマホ通知は便利ですが、端末・設定・通信環境によって届かない場合があります。そのため、郵送・窓口・支援者経由など、デジタル以外のチャネルと併走させなければ、「取りこぼしゼロ」の目的と逆行します。
6. 行政書士法改正が示す「デジタル社会への対応」
2026年1月1日施行の改正行政書士法では、行政書士の職責として「デジタル社会の進展を踏まえたICT活用等への努め」が明記されました。この明記は、単に「オンライン申請が増えた」話ではなく、業界全体の職業規範を変えるものです。
(1)努力義務から職業スタンダードへ
これまでデジタル対応は事務所ごとの裁量に委ねられていましたが、改正により「デジタル社会を前提に業務を改善するのが基本姿勢」という法的メッセージが明確になりました。
(2)適正な代理・関与の線引きを整理する土台に
行政手続のオンライン化が進む中で、「本人名義だが第三者が操作している」「代理権が曖昧なまま送信だけ外注される」といった、責任の所在が不明確なケースが増えています。デジタル対応を職責化することは、「便利さ」だけでなく「適正」な執務を整える意義があります。
(3)行政DXの制度設計に関与する根拠へ
日行連はデジタル庁と協定を結び、「誰一人取り残されないデジタル社会」を推進しています。法改正によって、その活動は「団体の取組」から「制度の担い手」としての専門職行動へと位置づけが引き上げられました。
7. プッシュ型行政が一般化したとき、行政書士の仕事はどう変わるか
法改正により、行政書士のデジタル対応は“前提”となりました。では、プッシュ型行政が進展すると、現場の仕事はどう変化するのでしょうか。
(1)減りやすい領域:定型・反復・入力中心の作業
通知・プレフィル・自動判定が進むほど、次のような業務は縮小傾向になります。
- 給付金・補助金等の定型申請書の作成・提出代行(内容を転記して提出するだけの業務)
- マイナポータル等での単純入力支援(操作説明レベルの代行)
- 更新要件が固定された許認可の期限管理や様式入力(住所・役員変更などの定型届出)
- 一律様式での名簿提出などの横並び処理
これらは「価値が低い仕事」という意味ではなく、デジタル化とプッシュ設計が最も効きやすい領域であるという整理です。
(2)増えやすい領域:例外・訂正・説明・紛争の入口
自動判定・自動提案型の制度設計では、必ず「ズレ」が生じます。世帯情報や所得データの更新遅れ、通知が届かないケース、通知の意味が理解できないケースなどです。この“ズレ”を吸収することこそ、新たな専門領域になります。
(3)中心が「書類」から「仕組み運用」へ
プッシュ型行政の要は、「通知のあとに迷わず進める導線づくり」です。行政書士の専門性は、同意の設計、本人確認・代理関係の整理、情報管理・セキュリティ、補正・期限管理フローのマニュアル化といった領域に広がっていきます。
8. プッシュ型行政時代に求められる行政書士像
――改正行政書士法の「使命」から考える専門職の在り方
2026年改正行政書士法は、行政書士の使命を「行政手続の円滑化を通じ、国民の利便に資し、国民の権利利益の実現に資すること」と明確に言語化しました。
この使命自体は、デジタル化の前後で変わっていません。
しかし、使命を果たすための「手段」と「立ち位置」は、確実に変わりつつあります。
プッシュ型行政が進む社会では、その変化を直視できるかどうかが、専門職としての分岐点になります。
(1)「書類を通す専門家」から「権利が届く状態を成立させる専門家」へ
これまでは「依頼者が持ってきた情報」を、行政が求める様式に整えて提出することが中心でした。しかし、プッシュ型ではその前段階が自動化されます。
これからの役割は、通知が来たがどうすればいいか分からない人、あるいは通知が来ないが支援が必要な人に対し、その人の状況が制度の趣旨に合致しているかを深く洞察することです。「形式的な要件」で弾かれそうな場合でも、それを補う事実証明や法的な構成を考え抜き、本来届くべき支援(権利)を依頼者の手元まで届け切る。その執念が問われるようになります。
(2)「便利さ」を無条件に肯定せず、「公正さ」を担保する立場であること
プッシュ型の基盤となるアルゴリズムや自動判定は、あくまで「標準的な大多数」に合わせて設計されます。効率化の裏には、必ずデータ化しきれない個別事情を持つ「こぼれ落ちる人」が存在します。
システムが「対象外」と判定した瞬間に思考停止するのではなく、「なぜ対象外なのか」「その判定は本当に公正か」を疑う視点が必要です。自動化が弱者の切り捨てにならないよう、人間が介在して個別の事情を主張し、例外規定の適用可能性を探る。それが、デジタル社会における「公正誠実」の実践となります。
(3)行政と国民の間に立つ「意味の翻訳者」であること
プッシュ型行政では、通知や判定結果が先に示されます。
しかし、結果だけが提示されても、「なぜそうなるのか」「どう受け止めればよいのか」が分からなければ、利便性は成立しません。
行政書士に求められるのは、行政の制度設計や判断基準を、国民が理解し判断できる言葉に翻訳する力、
そして、国民の事情や感覚を、行政が判断可能な形に整理し直す力です。
この双方向の翻訳が成立して初めて、改正法のいう「行政手続の円滑化」は実質的な意味を持ちます。
(4)「デジタルに強い人」ではなく、「デジタル社会に責任を引き受ける人」
改正法で「デジタル社会への対応」が職責として明記されたことは、操作スキルやツール活用の話にとどまりません。
データに基づく自動判断が、誰の生活に、どのような影響を与えているのか。
その判断に異議を唱える余地は、どこに残されているのか。
こうした問いに、専門職として向き合い続ける覚悟があるかどうかが問われています。
デジタルを他人事として扱うことは、結果として使命を果たせなくなるリスクを孕みます。
(5)制度を「使う側」ではなく、「社会に根づかせる担い手」であること
制度は、設計されただけでは機能しません。
運用され、理解され、信頼されて初めて、社会に根づきます。
行政書士は、制度を現場に下ろし、現場で生じた違和感や行き詰まりをすくい上げ、それを制度側へ返していく、循環の担い手としての役割を担います。
申請の手間が減っても、「届くべき権利が届かない瞬間」は必ず残ります。
その瞬間に目を背けず、橋を架け続けること。
それができなくなったとき、行政書士という資格は、社会から選ばれなくなるでしょう。
終わりに
デジタル化の波を、いまだ「対岸の火事」と決め込む猶予は、もうありません。
プッシュ型行政が進展し、申請の手間が劇的に減っていく時代において、旧来の「書類作成代行」だけに固執すれば、専門職としての存在意義を失い、淘汰は避けられないでしょう。
しかし、決して悲観することはありません。 改正された行政書士法が求めている「国民の権利利益の実現」という本質は、何ひとつ変わっていないからです。
変わるべきは、その実現手段です。
どれほどシステムが進化しても必ず残る、デジタルの隙間からこぼれ落ちる「届くべき権利」。それを見つけ出し、確かな橋をかける役割へと、自らの仕事をアップデートできる者だけが、これからの社会で必要とされる行政書士なのです。
