若者が滞留する“点”を、街の“線”にする——水戸×高松モデル応用の提言

当事務所がある茨城県水戸市の中心市街地は長らく空洞化が続いています。近年では水戸駅から直線道路で約2km弱の場所に水戸市民会館を移設する一大事業が行われましたが、その場所に至る商店街の活性化にはなかなか繋がっていません。「なぜ、これほど強い“核”を作っても、街の“回遊”につながりにくいのか」という疑問がどうしても残ります。
本稿では活性化が上手くいっていない理由と、他地域での成功モデルの応用について考察します。
1. かつての水戸の賑わいと、いま起きている断絶
かつて水戸の繁栄は、水戸駅を起点にしたバス路線と徒歩の動線に支えられていました。水戸駅北口から伸びる旧国道50号は歩行者動線の主軸で、そこに面する南町や泉町は「人が歩いて流れる前提」で成立していた繁華街でした。
その一本道の“線”の上には、丸井、高島屋、西友、ダイエー、サントピア、ユニー、京成、伊勢甚などの大型商業施設が並び、買い物需要を喚起して、次から次へと店を渡り歩く回遊性を生み出していました。
家族連れが「今日はあそこにも寄ろう」と通りを上っていく。ウィンドーを眺めながら歩くこと自体が、週末の楽しみになっていた。当時の都市構造からすれば、ごく自然な光景でした。
ところが、車社会化が進むと、国道50号は「目的地」から「通過動線」へと性格が変わり、イオン内原店など郊外の無料駐車場付き大型店に消費行動が移りました。中心部は駐車場不足や渋滞もあり、「不便な場所」と認識されやすくなります。
この時点で、街の骨格そのものが「線で稼ぐ構造」から外れてしまった、というのが第一の断絶です。
2.衰退した中心商店街の再活性化が失敗しやすい理由
水戸に限らず、衰退した中心商店街の再活性化が難しいのには“典型パターン”があります。
まずは一般論として下記の要因を取り上げます。
2-1 ハード整備だけで終わり、運用が弱い
拠点施設や道路・広場など「箱」を整えること自体は分かりやすい一方で、本当に効くのはその後の運用です。投資が箱(ハード)に寄り、エリアマネジメントやコンテンツ開発などの運用面が弱いと、賑わいは“点”で止まりやすい、という指摘があります。
全国的にも、ハード整備のあとに運用が継続せず、効果が薄れていった事例は少なくありません。
2-2 「所有」と「利用」が結びついたままで、新陳代謝が止まる
中心部の店舗兼住宅は個人所有で、店を畳んでもシャッターを閉めたまま住み続ける、相続で権利関係が複雑化する、合意形成が難しい――こうした要因で物件が市場に出にくくなり、若者や新規参入者の“入る余地”が消えます。
結果として、イベントや外壁改修など表層の対策に終始しやすい、という構造になります。
2-3 ニーズから逆算されず、点の対策が積み上がる
空き店舗対策が「とにかく何かしらの店で埋める」になったり、単発イベントで終わったりすると、来街者のニーズとのズレが残ります。とくに近年は「目的達成型」の行動が強く、魅力的な“中間領域(サードプレイス)”やアクセスのためのインフラが欠けると、利用者は目的を達成したらそのまま「直行・直帰」を選びやすい、という構造が指摘されています。
3. 水戸がこの「一般論」に嵌ってしまった背景
3-1 “線”が「歩く動線」から「車で通過する動線」になった
茨城県は車依存が強く、道路整備が進むほど国道50号が通過交通の性格を帯び、中心部は相対的に不利になります。
「徒歩で一本の線を登る」設計思想が、生活様式の変化に追いつきにくくなりました。
3-2 大型店の撤退が“連続性”を切り、心理的距離を伸ばした
アンカーとなる大型店が抜けると、単に一店舗が消える以上に、街路の連続性が壊れます。空白地が点在すると、歩行者の心理的距離は物理的距離以上に増大し、「その先まで歩く理由」が消えやすい。大型店が一つ抜け、二つ抜けとなり、周辺の小型店にも人が行かなくなりました。
3-3 物件が動かない。賃料の下方硬直性と担保価値の壁
「空き店舗は見えているのに、なぜか貸し出されない」――この違和感の正体は、不動産市場の硬直性(賃料が下がらず新しい人が入らない)にあります。中心市街地の空洞化が進んでも、賃料や物件の流動性が硬直的だと、新規参入が阻まれ、街の新陳代謝が止まります。
賃料が下がりにくい背景としては、次のような“持ち主にとっての合理性”が働きます。
- 古くからのオーナーは減価償却を終えており、無理に安値で貸す必要がない
- 賃料を下げると物件の評価額が下がり、担保価値が損なわれることを嫌って空室のまま放置する誘因が生まれる
この構造が続く限り、「挑戦したい人がいるのに入れない」「入れ替わらないから街の表情が更新されない」という停滞が固定化されます。
4. 高松・丸亀町がやった「所有と利用の分離」
そこで紹介したいのが、高松・丸亀町商店街の“高松モデル”です。核心は、土地所有の問題に踏み込み、「オーナーに土地建物の所有権は残しつつ、その利用権(定期借地権)をまちづくり会社に長期設定する」ことで、エリアを一体運営できるようにした点です。
さらに重要なのは、地権者も“運命共同体”としてリスクを分け合う設計です。テナント家賃が下がれば地代も下がる、といった変動制を入れることで、空室放置よりも「街の価値を上げる」方向にインセンティブが寄るようにしています。
そして、この「面として運用する」発想を、水戸に応用できるかが、後半の提言の主題になります。
5. MitoriOが生んだもの、まだ生んでいないもの
MitoriOとは、水戸市泉町に出来た新・水戸市民会館と、隣接する水戸芸術館・京成百貨店の3つの核を一体のゾーンとして捉えるエリア概念です。
5-1 まず現実:賑わいが“街の線”に乗りにくい(ブラックホール化)
MitoriOは芸術や買い物の拠点として機能する一方、その賑わいが周辺の商店街には波及していない「ブラックホール現象」や、郊外型ショッピングモールのような“施設内での完結型消費”に近い状態が指摘されています。
なぜ周辺店舗への回遊が起きにくいのか。理由を構造として分解すると、少なくとも次の“壁”が見えてきます。
- 施設内完結の誘惑:館内にセイコーマートが入居し、来場者の飲み物や軽食は館内で調達できる。さらに無料ラウンジ等の滞留空間が充実しているため、イベント前後の“時間調整需要”まで館内で吸収されやすい
- 国道50号の壁:交通量が多く幅員も広い道路が「心理的な川」として機能し、向かい側へ渡る意欲を削ぎやすい
- 受け皿の不足:イベント後の高揚感を受け止める「入りやすいカフェ」「感想を語り合える場」等が外側のエリアに不足し、若者・ファミリー層のニーズと合致しにくい
- 情報の欠如:来館者は終演後すぐ帰宅モードに入るため、引き留めるための“情報”が決定的に不足している
こうした条件がそろうと、回遊が起きにくくなるのは、ある意味で自然な帰結とも言えます。
5-2 それでも施設は「点」としては成果が出ている
一方で、MitoriOの開発は「点」としての成功が数字で裏づけられています。
- 年間来館者数:目標60万人に対し、実績は 約113万人(R5.7.2~R6.7.1)、達成率 約188%
- 人流(歩行者通行量):開館前(R4)約2,400人 → 開館後(R5)約10,000人で 約4.1倍
さらに質的な変化として、高校生や大学生などの若者が下校後市民会館の無料ラウンジに立ち寄り、勉強やおしゃべりなどをする「居場所(サードプレイス)」としての機能が定着した点が成果として挙げられています。
ここで大事なのは、若者の滞留を「ただ居るだけ」と捉えないことです。サードプレイスは、学習・交流・創作の土台になり、孤立の予防や地域コミュニティの再編にも効きます。現金収入に直結しにくい一方で、都市経営としての“社会的ROI”は大きい――そう評価できる余地があります。
6. 「点」を「線」に変えるための、高松型の応用
生活必需品の買い物需要を、郊外の大型店から中心部へ日常的に取り戻すのは、正直かなり難しいです。ここは無理に“昔に戻す”よりも、いま生まれている価値(滞留、文化、体験)に合わせて街を再編集する方が筋が良いと思います。
そして、この局面では課題が「建物(Build)」から「使いこなし(Use)」へ移っています。
にもかかわらず、投資がハード偏重のままだと、点の成功を線に延ばす“燃料”が不足します。
6-1 建物から運用へ。フェーズ転換の壁
ここから先の課題は、建物を「建てること」ではなく、建てた後に「使いこなすこと」に移っています。
ただ、公共投資は一般に、建設のようなハードには資源を投じやすい一方で、回遊や消費を生むための運用(情報発信、導線設計、企画、連携づくり)には資源が回りにくい傾向があります。
この“運用の薄さ”が残ったままだと、点の成功を線へ伸ばす仕掛けが不足し、直行・直帰が強化されやすくなります。点を線にするには、建設とは別レイヤーで、継続的に意思決定し、実行できる仕組みが必要です。
6-2 「所有と利用の分離」を、水戸版に翻訳する
高松モデルが効いた最大の理由は、「個別最適の集合」をやめ、面として運用できるようにしたことです。高松・丸亀町の仕組みを手がかりにすると、土地の利用権を束ね、エリアを一体として運用し、テナントミックスを設計できる体制をつくる、という方向性が見えてきます。
ここでのポイントは、商店街を「店舗の集合」ではなく、エリア全体を一つのショッピングモールのように“経営”するという発想です。
比較すると、違いが見えやすくなります。
比較表:水戸(現状) vs 高松(丸亀町)
| 比較項目 | 水戸の現状(個別最適) | 高松・丸亀町(全体最適) | 示唆 |
|---|---|---|---|
| 土地権利 | 個別所有・個別利用で意向が分散 | 所有と利用を分離(借地権等) | 面としてのテナント最適化には権利調整が必須 |
| 運営主体 | 任意団体・行政主導で意思決定が遅い | タウンマネジメント会社が経営視点で運営 | プロの意思決定が成功の鍵 |
| 駐車場 | 分散・有料で郊外店に劣後 | 集中・無料(4,500台、60分無料) | 車社会では駐車場は最重要のインフラ |
6-3 若者が滞留する“点”の周辺に、専門店を戦略配置する
回遊を生むには、「街に行きたい」では足りません。「行った先で何をするか」が必要です。ところが現状、イベント後の高揚感を受け止める受け皿が不足している、という指摘があります。
そこで発想を切り替えます。生活必需品の奪還ではなく、滞留する若者の消費(体験・推し活・軽飲食・学習需要)を喚起する専門店を、MitoriO周辺から“線”の上に計画的に配置するのです。
たとえば、方向性としてはこうです。
- 開演前(待ち時間):静かに座れるカフェ、軽食・テイクアウト、グッズ整理ができる小さなスペース
- 終演後(熱が残っている時間):感想を語れる軽い飲食、二次会動線、写真が撮れて思い出が残る業態
- 日常(若者の居場所):安価で長居できる店、勉強や作業と相性がいい店(※“消費を強要しない余白”も残す)
そして「誰がこれを設計・実行するのか?」という点は、まちづくり会社やエリアマネジメント組織が“街のテナント担当”として機能するイメージです。高松型は、その役割を制度として持たせた点に強みがあります。
6-4 「情報」と“受け止めの場”を整える
イベント後の直行・直帰を崩すために必要なのは、「もっと街を歩いてもらう努力」ではありません。
必要なのは、施設を出る瞬間に、次の一歩が自然に見える状態をつくることです。
① 情報は「事前」ではなく「退出直前」に届く必要がある
多くの来館者は、
- 公演が終わった直後
- ロビーで余韻に浸っている数分間
このタイミングで、その後の行動をほぼ決めています。
ところが現状では、この最も重要な判断の瞬間に、街側からの情報がほとんど届いていません。
ここで必要なのは、大きな観光PRではありません。
- 「このあと、徒歩3分で入れる店」
- 「今からでも静かに話せる場所」
- 「今日はここが少し遅くまで開いている」
といった、今すぐ動ける選択肢です。
② 「一歩目」を受け止める場があるかどうか
施設を出た人が街に流れない理由の一つは、
外に出た瞬間に、行き先が定まらないことです。
その結果、「じゃあ今日は帰ろう」という判断が、もっとも楽な選択肢になります。
ここで重要なのは、
- すぐに何かを消費しなくてもよい
- ほんの10〜20分、立ち止まれる
そうした“受け止めの場”が、施設と商店街の間にあるかどうかです。
公演後に少し話したい人、余韻を整理したい人、次の行き先を考えたい人。
そうした人たちを一度受け止められるだけで、その先に街が続く余地が生まれます。
③ 強い施設は「終点」にも「出発点」にもなり得る
MitoriOの集客力が強いこと自体は、問題ではありません。
問題は、その強さが施設の中で完結してしまうことです。
発想を変えると、
施設の出口は、そのまま街への入口でもあります。
- 出口付近に「次に行ける選択肢」が見える
- 一息つける場所がある
- その先に、少しずつ街が続いている
この状態が整えば、回遊はお願いではなく、自然な行動の流れになります。
④ 個店の努力ではなく、「出口の設計」の問題
ここまでの話は、個々の店舗が頑張るかどうかの問題ではありません。
- どこで情報を出すか
- どこで人を一度受け止めるか
- どの順番で街へ導くか
これはすべて、施設の出口をどう設計するかという話です。
この設計がないままでは、どれだけ良い店が点在していても、人はそこに辿り着きません。
だからこそ、施設と街の“境目”をどう扱うかが、点を線に変える最大の分かれ目になります。
“夢物語”で終わらせないために
もちろん、高松・丸亀町のような仕組みを、他の地域でそのまま再現するのは簡単ではありません。地権者の合意形成、運営主体の確立、契約・収益設計など、乗り越えるべきハードルが多いからです。だからこそ、最初から「街全体」を一気に変えようとせず、まずは重点区間の一部で小さく始め、運用の統一やテナントの“編集”から段階的に広げていく——そんな現実的な近づけ方が有効だと考えます。
おわりに
水戸には、若者が滞留する“点”がすでにあります。来館者数113万人、達成率188%、歩行者通行量4.1倍――点の成功は数字で確認できます。
次に必要なのは、その点を街の線に変える「運用の仕組み」です。高松型の思想を水戸に翻訳し、土地の利用権を束ね、テナントミックスを経営として設計する。滞留する若者の消費を喚起する専門店を、線の上に戦略配置する。
その先に、中心市街地の“再編集”の現実味が生まれてくるはずです。
