こころの不調で年7.6兆円の損失―中小企業が押さえたい“プレゼンティーズム”とは

プレゼンティーズム

日本では、働く人の「こころの不調」が原因で、年間約7.6兆円(GDPの約1.1%)もの経済損失が生じていると試算されています。
数字だけ見ても、かなりショッキングな規模です。

さらに内訳を見ると、次のような特徴があります。

  • 欠勤・休職など「休んでいること」による損失(アブセンティーズム)
    → 約0.3兆円
  • 出勤はしているが、本来の力を出せていない状態(プレゼンティーズム
    → 約7.3兆円

つまり、損失の大半は「ちゃんと会社に来ている人」から生まれているということになります。

こころの不調は、「休んでいる人だけの問題」ではありません。
むしろ、

「無理をして出社を続けている人」
「何とか仕事はしているが、心身のエネルギーが底をつきかけている人」

がたくさんいることで、日本全体で7.6兆円分の生産性が失われている――そんな構図です。

目次

“プレゼンティーズム”とは何か ― 出勤しているのに力が出ない状態

プレゼンティーズムの基本的な意味

プレゼンティーズム(presenteeism)は、

欠勤はしていないものの、心身の不調によって仕事のパフォーマンスが大きく落ちている状態

を指します。

例えば、こんな場面が典型です。

  • 夜よく眠れず、日中は頭がぼんやりして集中しづらい
  • 気分の落ち込みや不安で、判断に時間がかかる・ミスが増える
  • 人と話すだけでぐったりし、新しい仕事に取り組む余裕がない
  • 会社には来ているが、「こなすので精一杯」で、改善提案やプラスアルファの動きが出てこない

外から見ると「普通に働いている人」に見えますが、本人の中では、アクセルを踏んでも車が進まないような感覚になっています。

アブセンティーズムとの違い

よく比較されるのが「アブセンティーズム」です。

  • アブセンティーズム
    → 病気や不調により、欠勤・遅刻・早退・休職などが発生している状態
  • プレゼンティーズム
    → 不調を抱えつつも出勤はしているが、パフォーマンスが落ちている状態

アブセンティーズムは「何日休んだか」として数字に表れやすいのに対し、
プレゼンティーズムは、

  • 仕事のスピードが落ちる
  • ミスの修正に時間がかかる
  • 顧客対応の質が下がる

など、見えにくいかたちで経営にダメージを与えるのが特徴です。

プレゼンティーズムへの誤解が生む「二次被害」

プレゼンティーズムの二次被害

プレゼンティーズムが厄介なのは、現象そのものだけでなく、それに対する周囲の誤解
さらに大きな悪影響を生むことです。

よくある誤解は、例えば次のようなものです。

  • 「サボっているのではないか」
  • 「やる気がないだけだ」
  • 「精神的に弱い人の問題だ」
  • 「甘えているだけで、本当は頑張れるはずだ」

こうした見方が広がると、次のような“二次被害”が生まれやすくなります。

  • 本人の心身の悪化
    • 「サボり」「甘え」と見なされることで自己否定感が強まり、症状が悪化する
    • 相談しにくくなり、限界まで我慢した結果、長期休職や退職につながる
  • 職場の分断・ぎくしゃく感
    • 「あの人だけ楽をしている」「なぜ自分たちばかり頑張るのか」と不満が蓄積
    • チーム内での陰口や孤立が進み、職場の雰囲気が悪くなる
  • ハラスメント・トラブルのリスク
    • 管理職が「メンタルが弱いならうちには向かない」などと発言してしまう
    • 後にハラスメントとして問題化し、会社側のリスクになる可能性

本来であれば「早めのサポート」で済んだはずの問題が、
誤解と偏見によって、本人・職場・会社全体のダメージへと拡大してしまいます。

だからこそ、

「こころの不調によるプレゼンティーズムは、
サボりや甘えではなく“誰にでも起こりうる状態”である」

という共通理解を、会社として持てるかどうかが、とても重要になってきます。

中小企業ほどダメージが大きい理由

「7.6兆円」「GDPの1.1%」という数字は、どうしても“日本全体の話”に聞こえがちです。
しかし、プレゼンティーズムの影響は、中小企業ほど重くのしかかりやすいと感じます。

1人の不調が、そのまま売上に直結する

従業員10人の会社をイメージしてみてください。

  • 10人のうち2人が、こころの不調でパフォーマンスが6〜7割に落ちている
  • しかし欠勤はしていないので、表向きは「10人フルで出勤している」

こうなると、実態としては

  • 常に「1〜1.5人分の人手不足」の状態が続いている
  • それでも人件費は10人分かかっている
  • 他のメンバーがフォローに追われ、疲労や不満が蓄積していく

という状況になります。

年収400万円の人のパフォーマンスが3割落ちていると仮定すると、ざっくり「年間120万円分の力」が失われているイメージです。
これが複数人に重なれば、数百万円単位の“見えない赤字”になります。

属人化・長時間労働との相性の悪さ

中小企業では、

  • 特定の人に仕事が集中している
  • 「あの人にしか分からない業務」が多い
  • 慢性的に長時間労働になりがち

といった事情が重なりやすいものです。

この状態でキーマンがプレゼンティーズムに陥ると、

  • 仕事の遅延・品質低下
  • 周囲の負荷増大
  • 顧客からの信頼低下
  • 最悪の場合、キーマンの突然の退職

といったリスクが、一気に顕在化する可能性があります。

人手不足の中小企業にとって、プレゼンティーズムは「静かに効いてくる大きなリスク」と捉えた方が、実態に近いと思います。

プレゼンティーズムが起きやすい“サイン”

プレゼンティーズムが起きやすいサイン

現場レベルでは、次のような変化として現れやすいです。

  • 仕事のスピードの変化
    • 以前より同じ仕事に明らかに時間がかかる
    • 段取りに時間がかかり、作業に取りかかるまでにエネルギーを使い切っている
  • ミス・抜け漏れの増加
    • いつも通りの業務でケアレスミスが増える
    • 期日ギリギリ、もしくは遅れがちになる
  • コミュニケーションの変化
    • 口数が極端に減る/逆にイライラした反応が増える
    • 会議でほとんど発言しなくなる
  • 表情・雰囲気の変化
    • 雑談が減り、休憩時間にもずっとスマホを見ている
    • 以前より表情がこわばり、疲れが顔に出ている

こうしたサインを、「だらしない」「最近やる気がない」で終わらせず、
「もしかすると、こころの不調かもしれない」と一度立ち止まって考えられるかどうかが、
その後の展開を大きく左右します。

中小企業がまず押さえたい5つのポイント

ここからは、「人もお金も余裕がない」中小企業でも、
現実的に取り組みやすいポイントを5つに絞って整理します。

① 会社として「プレゼンティーズム」という言葉を共有する

最初の一歩は、現象にきちんと名前をつけて、共通言語にすることです。

  • 「今、国の調査で『プレゼンティーズム』という言葉がよく出てきています」
  • 「休んでいなくても、こころの不調で力が出し切れない状態のことです」

と、朝礼や打ち合わせの中で一言触れるだけでも、

  • 不調を「サボり」「甘え」ではなく
  • 「誰にでも起こりうる状態」として捉える

空気が少しずつ作られていきます。

「名前がつく」と、本人も周囲も話題にしやすくなります。「最近、自分ちょっとプレゼンティーズム気味かもしれません」と、半分冗談のようにでも言えるだけで、かなり違ってきます。

② 休み方・働き方の“ルール”を見直す

こころの不調は、「無理を続けるほど悪化しやすい」という特徴があります。
早めの休養や通院がとても大切ですが、現場では

  • 「人手不足で、簡単には休めない」
  • 「有給を取ると、周りに申し訳ない」

といった心理的ハードルが大きいのが実情です。

そこで、例えば次のような工夫があります。

  • 時間単位の有給、午前休・午後休など細切れで休みを取りやすくする運用
  • 通院やカウンセリングのための時間について、事前にルールや方針を決めておく
  • 将来的には「勤務間インターバル」や「つながらない権利」の考え方も意識しておく
    (※具体的な制度設計や就業規則の改定は、社会保険労務士への相談が安心です)

大事なのは、

「具合が悪いときに無理をして出社する」
という選択肢だけしか残っていない状態を作らないこと

です。

③ 一人で抱え込ませない仕組みをつくる

プレゼンティーズムが長期化する理由のひとつが、本人が抱え込んでしまうことです。

  • 「忙しい時期だから言い出しづらい」
  • 「弱音を吐いていると思われたくない」
  • 「立場上、部下の前で弱いところを見せられない」

こうした気持ちから我慢を続け、ある日突然、糸が切れてしまうケースも少なくありません。

中小企業でできる仕組みとしては、

  • 月1回など、短時間でも1on1面談の時間をとる
  • 管理職・リーダー向けに、「責めずに話を聴く」基本的なスキルを学ぶ機会をつくる
  • 社外の相談窓口(産業保健総合支援センター、自治体の相談・専門外来など)を一覧にし、社員に配布しておく

といったことが考えられます。

ポイントは、

「辛くなったときに、どこに・誰に相談していいか」が
社員全員にとって“見えている状態”

をつくることです。

④ 対策を「コスト」ではなく「リスク」として捉える

多くの経営者の方とお話しすると、
メンタルヘルスや職場環境の話になるたびに、

  • 「人もお金も余裕がありません」
  • 「理想論なのは分かるけれど、現場が回らない」

という声をよく耳にします。

その気持ちは、正直よく分かります。
ただ、プレゼンティーズムの影響を見ていくと、

「対策のためのコスト」よりも
「何もしないことによるリスク」の方が大きい

場面が多いのも事実です。

例えば、次のようなリスクがあります。

  • キーマンが、ある日突然、長期休職・退職してしまう
  • 不調からくるミスが重大トラブルにつながり、顧客との関係が悪化する
  • 職場内のギスギスした空気が続き、若手が早期離職してしまう
  • 対応を誤れば、ハラスメントや労務トラブルとして問題化する可能性

「何かあったら、そのとき考える」では、手遅れになるケースも少なくありません。

逆に言えば、

  • 相談しやすい雰囲気づくり
  • 最低限のルール整備
  • 管理職の“声かけ”の仕方を少し変える

といった小さな工夫だけでも、かなりのリスクを減らすことができます。

「お金をかける話」ではなく、
まずは「リスクを減らすための備え」として考えてみると、
一歩踏み出しやすくなるかもしれません。

⑤ 「人を大事にする会社」づくりは、離職率低下と採用力アップにもつながる

こころの不調への対策や職場環境の整備は、
短期的には「手間が増える」「コストに見える」ことがあるかもしれません。

しかし、中長期で見ると、

  • 離職率の低下
    • 不調が悪化する前に相談・調整ができれば、「もう限界だから辞める」というケースを減らせる
    • ベテランや中堅が定着することで、教育コスト・採用コストも抑えられる
  • 採用力の向上
    • 求職者は今、「どんな人たちが、どんな雰囲気で働いているか」を重視する傾向が強い
    • 面接時の印象、既存社員の口コミやSNSの雰囲気から、「人を大事にしている会社かどうか」はすぐに伝わる

という形で、会社の“見えない資産”を増やしてくれます。

人を大事にする会社だ」という評価は、一朝一夕では作れません。
しかし、

  • こころの不調を“自己責任”で片づけない
  • 従業員を「使い捨てのコスト」として見るのではなく、「一緒に価値をつくる仲間」として扱う

という姿勢は、確実に社内外に伝わっていきます。

結果として、

「人が辞めにくい会社」
「働きたい人が自然と集まってくる会社」

に近づいていきます。

おわりに:こころの不調対策は、「優しさ」だけでなく「生き残り戦略」

こころの不調によるプレゼンティーズムは、

  • 本人の心身を追い込み
  • 職場の人間関係をぎくしゃくさせ
  • 会社の業績も静かに削っていく

という、見えにくい厄介な問題です。

一方で、

  • 誤解や偏見を減らす
  • 相談しやすい雰囲気とルールを整える
  • 「コスト」ではなく「リスク」として経営の語彙に乗せる

ことで、かなりの部分は軽減できるテーマでもあります。

人手不足が当たり前になりつつある今、
中小企業にとって「人を大事にする会社づくり」は、
もはや“いい話”ではなく、生き残りのための戦略と言えるのかもしれません。

この記事が、

  • 「プレゼンティーズムって、うちの会社でも起きているかもしれない」
  • 「まずはどこから整えていこうか」

と考えるきっかけになればうれしく思います。

このテーマに関するご相談について

  • 就業規則や勤怠制度そのものの設計・変更など、労務管理の実務は社会保険労務士の先生の専門分野です。
  • 一方で、
    • 「自社の現状を整理したい」
    • 「人手不足・生産性・働き方をどう結びつけて考えればいいか分からない」
    • 「労基法改正や健康経営の流れを踏まえ、経営全体として方針を固めたい」
      といったご相談は、行政書士・中小企業診断士の立場からお手伝いできる部分もあります。

プレゼンティーズムは、一人で抱え込むよりも、「経営」「労務」「医療・メンタルヘルス」など複数の専門家が関わった方が、会社にとっても、働く人にとっても良い結果につながりやすいテーマです。

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