車庫証明ってなぜ必要?昭和の路上駐車戦争が生んだ制度
車を購入するときに必ず耳にする「車庫証明」。正式には「自動車保管場所証明書」といい、警察署で発行される書類です。多くの方にとっては「ディーラーがやってくれるもの」「ちょっと面倒な手続き」という印象が強いのではないでしょうか。
しかし、この制度は単なる事務処理ではなく、日本のクルマ社会の歴史そのものと深く結びついています。なぜ車庫証明が必要になったのか、その背景をひも解いてみると、ちょっとした雑学として人に話したくなるエピソードが見えてきます。
車庫証明制度が生まれた背景
今でこそ「車を買うなら駐車場を確保するのは当たり前」と思われていますが、戦後の日本ではそうではありませんでした。高度経済成長期に入る1960年代、マイカーが一気に普及し、街中は急激に車であふれかえりました。
その結果、都市部では路上駐車が日常風景に。道幅が狭い住宅街や商店街では、両側に車が並び、緊急車両が通れない事態が頻発しました。渋滞も慢性化し、社会問題に発展します。
そこで政府は、「車を持つなら、まず駐車場を確保してからにしましょう」というルールを打ち出しました。これが車庫証明制度の始まりです。いわば“路上駐車戦争”の産物だったのです。
地域によって異なる運用
都市部では駐車スペース不足が深刻だったため、車庫証明は厳格に運用されました。一方で、敷地に余裕のある農村部では「家の庭に停められるのに、なぜ証明が必要なのか?」という声が強く、地域差が設けられることに。
今でも「車庫証明が必要な地域」と「不要な地域」が存在するのは、この歴史の名残です。東京や大阪といった大都市では必須、逆に農村部の一部では不要という仕組みが続いています。
バブル期と車庫証明
1980年代後半のバブル期、日本は高級車ブームの真っ只中でした。ベンツやBMWが飛ぶように売れ、都心では月極駐車場が足りなくなるほどの争奪戦に。
車庫証明を取るためだけに駐車場を借りるケースが増え、駐車場代が高騰する「車庫証明バブル」とも呼べる現象が起こりました。マイカーは単なる移動手段を超えて、社会的ステータスの象徴だったのです。
令和の今とこれから
時代は移り、今は「車を持たない選択」も一般的になりました。カーシェアやリースを利用すれば、車庫証明が不要なケースも多くあります。若者の車離れと相まって、車庫証明の発行件数は昭和や平成初期ほどの勢いはありません。
しかし、新しい動きも出ています。電気自動車(EV)の普及が進む中で、「駐車場+充電設備」が次世代の車庫要件になるのではないか、とも言われています。車庫証明はこれからも日本のクルマ社会の変化を映す鏡であり続けるでしょう。
ちょっとした余談:当事務所でも代行しています
雑学的に制度の歴史をたどってきましたが、実務としては車庫証明はいまも欠かせない手続きです。ディーラー任せにする方が多いとはいえ、納車が迫っているのに「車庫証明がまだ」というケースは珍しくありません。
そこで、当事務所(つむぎ行政書士事務所)でも茨城県水戸市とその周辺地域を対象に、車庫証明の申請代行をお受けしています。必要な書類がそろっていればスムーズに手続きを進められますので、忙しいディーラー様や個人の方も安心です。
「車庫証明=ただの紙切れ」と思われがちですが、背景を知ると制度への見方が少し変わるはずです。手続きの裏には、昭和から令和まで続くクルマ社会の物語がある――それを知っておくだけでも、ちょっと得した気分になれるかもしれません。
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