看板倒れの働き方改革が生んだ悲劇──甲府市「事務効率課」職員過労自殺と住民訴訟の行方

本日の毎日新聞で、「過労自殺した甲府市職員の遺族に市が賠償金約7180万円を支払ったことを巡り、樋口雄一市長が長時間労働の実態を把握する体制の構築を怠ったとして、市民らが近く、市長に賠償金を負担させるよう市に求める住民訴訟を甲府地裁に起こす」ことが報道されました。


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効率を掲げた部署で命が失われたという逆説

2020年1月、甲府市役所の敷地内で、同市の事務効率課に所属していた向山敦治さん(当時42歳)が自ら命を絶ちました。報道によれば、亡くなる直前の残業時間は月148時間、その前月は209時間に及んでいたといいます。

その後、遺族が提起した損害賠償請求訴訟において、甲府地裁は2024年10月、「業務は過重で、心身の健康を損なう蓋然性の高い状態にあった」と判断し、甲府市に約5800万円の支払いを命じました。この判決は確定し、自治体による賠償が行われました。

「事務効率課」とは、自治体の中で業務の見直しやDXの推進、庁内の働き方改革を担う部署として設置されることが一般的です。そのような“改革の中枢”とも言える部署で、過労により命を落とした職員がいた――という事実は、非常に衝撃であり、かつ日本の働き方改革が看板倒れに終わっていることを象徴する出来事に思えます。

今回の記事では、まず前半でこの悲劇が何を問いかけているのかを掘り下げ、後半ではそれに対して市民がどのように法的対応を進めているのか――すなわち住民訴訟の意義と手続きを取り上げます。


働き方改革が裏返った職場の現実

過大な責任が一人に集中する構造

向山さんが所属していた事務効率課は、全庁的な業務改革やシステム導入など、横断的で広範な任務を担っていました。このような部署は、全体の改革を推し進める期待が大きい一方で、体制が不十分なままミッションが膨らみやすい傾向があります。

その結果、業務が特定の職員に集中し、長時間労働が慢性化していくことがあります。向山さんは、責任感が強く、周囲からの信頼も厚かったと言われています。そうした人物ほど、「自分が頑張らなければならない」と無理を抱え込んでしまいやすいのです。

自己申告制がもたらす見えない過重労働

さらに問題を深刻にしたのは、残業時間が自己申告制で管理されていたことでした。向山さんは、実際には月200時間以上残業していたにもかかわらず、申告上の残業時間は20〜30時間にとどまっていたと報じられています。

申告どおりの労働時間しか見えない仕組みでは、管理職や首長が異常に気付くのは困難です。また、職場には「正直に書くと評価が下がる」「周囲に迷惑をかける」といった、沈黙の同調圧力があったことも想像されます。

表向きは「ホワイト」、実態は「ブラック」。こうした二重構造こそが、最も危険な職場環境を生み出します。

トップによるモニタリングの不在

向山さんの死後、甲府市はパソコンの稼働状況や入退庁記録を基にした新しい勤怠管理システムを導入しました。しかし、この対応は事後的であり、予防的措置として機能しなかったことが明らかです。

自治体の首長や上級管理職には、職員の労働実態を把握し、過重労働の兆候があれば是正に動く責任があります。「知らなかった」では済まされない。制度だけでなく、日々の情報を適切にモニタリングする体制が求められていたのではないでしょうか。

働き方改革の名の下に見過ごされた“限界”

働き方改革とは、単なる業務削減や効率化ではありません。職員一人ひとりが健やかに働ける環境をつくることがその本質です。

その改革を象徴する部署にいた職員が命を落としたという現実は、「改革」が組織内でどのように運用されていたかを根本から見直すきっかけになるべきです。システムを入れるだけではなく、文化や空気を変えなければ、本当の改革とは言えません。


このケースでの住民訴訟と行政法上の手続き

市民が首長に責任を問うという異例の訴訟

今回、市民グループは2025年4月、甲府市に対して住民監査請求を行いました。内容は、「職員の過労自殺により市が賠償を行った以上、市長に対してその金額を求償すべきである」というものです。

これに対して監査委員は6月に請求を棄却。市民らはその結果を受けて、甲府地裁に住民訴訟を提起する方針を明らかにしています。住民が市長個人の責任を問う住民訴訟は、きわめて異例です。

法的な位置づけと訴訟の性質

住民訴訟は地方自治法第242条の2に基づく制度で、地方公共団体の違法・不当な財務会計行為に対して、住民が監査請求を経て提起できる訴訟です。

今回のように、市が職員の自殺に対する損害賠償金を支払った場合、それが「組織の体制整備義務の不履行」に起因するとして、住民が市長に対する損害賠償請求(求償)を市に求める形を取ります。これを「第4号訴訟」と呼びます。

裁判所で問われるポイント

この訴訟では、以下の点が主な争点になると考えられます。

  • 市長に「重過失」があったか
  • 体制不備と自殺、そして損害との因果関係が認められるか
  • 賠償金全額を首長に求めるのが妥当かどうか

とくに、「重過失」の有無は大きな焦点です。2017年の法改正以降、地方公共団体の職員や首長に対して住民訴訟を提起するには、違法行為が「故意」または「重過失」であることが求められています。

長時間労働の実態を把握しながら適切な是正措置を取らなかったことが「重過失」と認定されるのかどうかは、今後の訴訟展開の鍵を握るでしょう。


制度の隙間に命がこぼれ落ちた意味を問う

今回の事件とその後の訴訟は、単なる一自治体の問題ではありません。働き方改革という看板を掲げながら、その実態が現場の疲弊や孤立を見過ごしていたとすれば、それは制度と現場の乖離を象徴する出来事です。

私たちがここから学ぶべきことは、制度を整備するだけでなく、現場の声を受け止める「しくみ」と「文化」を同時につくっていく必要があるということです。職員の健康や命に直結する問題について、管理職や組織の長がどれだけ当事者意識を持てるか。それが問われています。

そして、市民がその責任の所在を法の場で問い直すという動きは、地方自治のあり方そのものにも影響を与えうるものです。訴訟の結果がどうであれ、こうした動きを通じて私たち一人ひとりが「働き方改革とは何か」「職場における命の重みとは何か」を改めて考える契機になればと思います。

命を守るための改革でなければ、それは改革とは呼べません。この痛ましい出来事が、次の世代の働き方と組織のあり方に光を投げかけるよう願ってやみません。

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