令和の大合併は起きるのか? 茨城県で浮上する自治体再編論

茨城県内で、自治体合併をめぐる動きが再び注目されています。
一つは、水戸市の高橋靖市長が示した、県央地域での広域合併構想です。水戸市を中心に周辺自治体との合併を視野に入れ、将来的には政令指定都市を展望するという考え方です。
もう一つは、かすみがうら市が土浦市との合併を模索している動きです。こちらは、水戸市の構想とはかなり性格が異なります。
同じ「合併」という言葉で語られますが、水戸市の構想と、かすみがうら市・土浦市の合併論では、目的も、相手自治体との関係も、現実的な課題も違います。
さらに、今回の動きは、かつて全国的に進められた「平成の大合併」とも違います。
平成の大合併は、国の制度設計や財政支援を背景に、市町村合併が全国的に進められた時代でした。一方、今回の茨城県内の合併論は、国が一律に合併を促しているというより、人口減少や都市機能の維持、広域的なまちづくりを背景に、各地域がそれぞれの事情から再編を考え始めているものです。
この記事では、水戸市の県央合併構想、かすみがうら市・土浦市の合併論、そして平成の大合併との違いを整理しながら、茨城県内でなぜ今、合併論が再び浮上しているのかを考えます。
茨城県内で再び合併論が浮上している
自治体合併というと、少し前の話に感じる方も多いかもしれません。
平成の大合併の時期には、全国各地で市町村合併が進みました。茨城県内でも、多くの自治体が再編されました。
その後、合併論はしばらく大きな政治テーマとしては目立ちにくくなっていました。
しかし、人口減少、高齢化、公共施設の老朽化、地域交通の縮小、行政職員の確保難といった課題は、むしろこれから本格化していきます。
人口が増えていた時代であれば、自治体ごとに学校、公共施設、道路、上下水道、行政窓口を整備していくことが当然でした。
しかし、人口が減る時代になると、同じ行政サービスを同じ単位で維持し続けることが難しくなります。
とくに、面積が広く人口密度が低い自治体では、住民一人あたりのインフラ維持コストが重くなります。道路、橋、上下水道、公共施設は、人口が減ったからといって簡単に減らせるものではありません。
一方で、都市部の自治体も安心ではありません。
中心市街地の空洞化、公共施設の更新費用、周辺自治体との競争、広域交通の整備など、都市としての機能をどう維持・強化するかという課題があります。
今回の水戸市の構想と、かすみがうら市・土浦市の合併論は、どちらもこうした人口減少時代の自治体運営を背景にしています。
ただし、両者の性格は同じではありません。
水戸市の構想は、県央地域を一つの大きな都市圏として強くしようとする動きです。
一方、かすみがうら市・土浦市の話は、人口減少時代に行政サービスや地域の維持をどう考えるかという、より切実な動きです。
水戸市の構想は「県央都市圏の拡大型」
3月、水戸市の高橋靖市長は市議会定例会で、「持続的に発展していくためにも、政令指定都市を展望した広域合併を推進すべきと考えている」と近隣市町村との合併に意欲を示しました。県央地域の全ての市町村長に合併の意向を尋ね断られたものの、積極的に合併の機運醸成を図る意向を強調しています。

水戸市の広域合併構想は、県央地域を一つの大きな都市圏として捉える発想です。
水戸市はすでに、笠間市、ひたちなか市、那珂市、小美玉市、茨城町、大洗町、城里町、東海村とともに、「いばらき県央地域連携中枢都市圏」を形成しています。
これは、各自治体が独立したまま、医療、福祉、観光、地域公共交通、産業振興など、広域的な課題について連携していく枠組みです。
水戸市の構想は、この広域連携の先に、さらに踏み込んだ合併を見据えるものと考えられます。
水戸市単独では、50万人以上という政令指定都市を展望する人口規模には届きません。そこで、県央地域全体を一つの都市圏として再編することで、より大きな行政規模と都市機能を持つ自治体を目指すという発想です。
この構想の背景には、県都・水戸としての危機感もあるでしょう。
茨城県内では、つくば市の存在感が年々高まっています。研究機関、大学、企業立地、人口増加、つくばエクスプレス沿線の発展など、つくば圏は成長する都市圏としての印象が強くなっています。
一方、水戸市は県庁所在地でありながら、人口減少や中心市街地の活性化などの課題を抱えています。
このまま県央地域がそれぞれの自治体単位で小さくまとまっていくと、将来的に都市間競争の中で存在感が弱まるのではないか。
そうした問題意識から、県央地域全体を一つの大きな都市圏として再構成したいという考えが出てくるのは自然です。
つまり、水戸市の合併構想は、単に行政コストを下げるための合併というより、県央地域の都市機能を強化するための合併論です。
分類するなら、「県央都市圏の拡大型」といえます。

ただし、構想としては分かりやすくても、実現は簡単ではありません。
なぜなら、周辺自治体から見れば、水戸市との合併はどうしても「水戸市への吸収」と受け止められやすいからです。
かすみがうら市・土浦市の話は「行政維持型」
6月16日、かすみがうら市は定例市議会で土浦市との合併に向けた協議・検討の場の設置を求める要望書を提出する決議を全会一致で可決しました。

かすみがうら市が土浦市との合併を模索している動きは、水戸市の構想とはかなり性格が違います。
こちらは、政令指定都市を目指すような大きな都市構想というより、人口減少時代に自治体運営をどう維持するかという、より現実的で切実な合併論です。
かすみがうら市は、平成の大合併の時期に、旧千代田町と旧霞ケ浦町が合併して誕生しました。
もともとは、土浦市、旧霞ケ浦町、旧千代田町、旧新治村による広域合併協議がありました。しかし、その協議はまとまらず、最終的には旧千代田町と旧霞ケ浦町でかすみがうら市が成立しました。その後、旧新治村は土浦市に編入されています。
その意味では、今回の土浦市との合併模索は、平成の大合併で一度まとまらなかった土浦広域圏の再編話が、約20年を経て再び浮上したものとも言えます。
かすみがうら市側から見れば、課題は分かりやすいです。
人口減少が進む中で、広い市域を維持し続けなければなりません。道路、橋、上下水道、公共施設、学校、地域交通、防災体制など、行政が維持すべきものは多くあります。
しかし、人口が減れば税収の伸びは期待しにくくなります。住民が少なくなっても、道路や水道管は残ります。橋も残ります。公共施設もすぐにはなくせません。
このような状況では、単独自治体として行政サービスを維持し続けることが、将来的に重くなる可能性があります。
そこで、隣接する土浦市と一体化することで、より大きな行政基盤の中に入るという選択肢が出てきます。
土浦市は、県南地域の中核的な都市の一つです。商業、医療、交通、行政機能などを一定程度持っています。かすみがうら市側から見れば、土浦市との合併は、将来の行政運営を安定させるための選択肢に見えるでしょう。
つまり、かすみがうら市・土浦市の合併論は、「都市圏を大きくして成長する」というより、「人口減少時代に行政を維持する」ための合併論です。
分類するなら、「行政維持型」です。

平成の大合併とは何が違うのか

今回の合併論を考えるうえでは、平成の大合併との違いを押さえる必要があります。
平成の大合併は、1990年代後半から2000年代にかけて全国的に進められた市町村合併です。
背景には、地方分権の受け皿として市町村の行政能力を高めること、人口減少や財政悪化に対応できる自治体規模を確保することがありました。当時は、合併特例債や地方交付税の算定替など、合併した自治体に対する財政上の優遇措置もありました。
つまり、平成の大合併には「合併すれば財政的に有利になる」「合併しないと将来不利になるかもしれない」という、かなり強い制度的な誘因がありました。
その結果、全国の市町村数は大きく減少しました。
もちろん、平成の大合併にも評価は分かれます。行政組織が大きくなり、専門職員を配置しやすくなった面はあります。重複する事務や施設を整理できた地域もあります。
一方で、旧町村部では「役場が遠くなった」「地域の声が届きにくくなった」「中心部ばかり発展し、周辺部が取り残された」といった不満も出ました。
合併は、地図上の境界線を消せば終わる話ではありません。むしろ、合併後にどの地域をどう支えるのかが本番です。ここを間違えると、合併は効率化ではなく、地域の不満を広げる結果にもなります。
今回の茨城県内の合併論は、平成の大合併とは前提が違います。
国が全国一律に合併を促しているわけではありません。合併特例債のような強い財政優遇が、当時と同じ形で前面に出ているわけでもありません。そのため、今回の合併論では、それぞれの地域が自分たちで「なぜ合併するのか」を説明しなければなりません。これは、かなり重い課題です。
水戸市の場合は、「県央地域が一つの大きな都市圏になることで、住民にどのようなメリットがあるのか」を示す必要があります。
かすみがうら市・土浦市の場合は、「土浦市側が受け入れても、管理コスト増だけで終わらないのか」を示す必要があります。
平成の大合併では、国が合併の理由を制度面・財政面から用意していました。しかし、令和の合併論では、各地域が自分の言葉で合併の理由を作らなければなりません。
この違いは非常に大きいです。
水戸市と土浦市で異なる“相手側の警戒感”

水戸市の県央合併構想と、かすみがうら市・土浦市の合併論では、相手側が警戒するポイントも違います。
水戸市の場合は、水戸市が周辺自治体に対して「一緒に大きな都市圏を作りませんか」と呼びかける構図です。
この場合、周辺自治体から見ると、どうしても「水戸市に吸収されるのではないか」という不安が出ます。ひたちなか市には独自の産業基盤があります。商業、工業、港湾、住宅地を持ち、水戸市とは別の都市としての存在感があります。東海村には、財政力や原子力政策という特殊事情があります。簡単に水戸市と一体化できる自治体ではありません。笠間市、小美玉市、那珂市、茨城町、大洗町、城里町にも、それぞれの歴史、生活圏、行政課題があります。
そうした自治体に対して、「水戸市と合併すれば何が良くなるのか」を具体的に示せなければ、合併の機運は高まりません。
すでに県央地域には、連携中枢都市圏という広域連携の枠組みがあります。周辺自治体からすれば、「必要な連携はすでにできるのではないか」「なぜ自治体そのものを一つにする必要があるのか」という疑問が出てきます。
水戸市側が政令指定都市という大きな構想を掲げても、周辺自治体の住民が自分たちの暮らしにメリットを感じられなければ、合併への理解は広がりにくいでしょう。
一方、土浦市とかすみがうら市の場合は、構図が逆です。
かすみがうら市側が土浦市との合併を模索しているため、土浦市側は「受け入れるメリットは何か」を問う立場になります。
ここで問題になるのは、管理コストです。かすみがうら市は、市域が広い一方で人口密度は高くありません。車で通過すると、住宅地や商業地が連続しているというより、農地や自然が広がる地域という印象を持つ方も多いと思います。自然環境、農業、霞ヶ浦周辺の観光資源は、かすみがうら市の大切な地域資源です。
しかし、土浦市側から見ると、合併によって道路、橋、上下水道、公共施設、防災、消防、地域交通などの維持管理範囲が広がることになります。
人口は増えます。しかし、市域の拡大に見合うだけ税収が増えるとは限りません。むしろ、管理コストの増加が先に見える可能性があります。
土浦市も、中心市街地の活性化、公共施設の老朽化、人口減少への対応という課題を抱えています。余裕のある大都市が周辺自治体を受け入れるという構図ではありません。そのため、土浦市側が合併に前向きになるには、「かすみがうら市を受け入れることで、土浦市にも将来利益がある」と具体的に示す必要があります。
その材料の一つになり得るのが、つくばエクスプレスの土浦延伸構想です。茨城県は、TXの延伸先を土浦方面とし、JR常磐線との接続駅を土浦駅とする方向で検討を進めています。将来的に土浦駅周辺がTXと常磐線の結節点になれば、土浦市の拠点性は高まる可能性があります。
かすみがうら市側から見れば、土浦市と一体化することで、「TX延伸後の土浦都市圏」の一部として位置づけ直す意味が出てきます。千代田地区、土浦北インターチェンジ周辺などは、広域的な都市づくりの中で再評価される余地があります。
ただし、TX延伸はまだ構想段階です。また、計画の中心は土浦駅接続であり、かすみがうら市内にTX駅ができる話ではありません。そのため、TX延伸は合併論の追い風にはなっても、決定打とまでは言えません。
水戸市の場合は、「周辺自治体が水戸市に入る理由」が問われます。
土浦市の場合は、「土浦市がかすみがうら市を受け入れる理由」が問われます。
同じ合併論でも、警戒されるポイントはまったく違うのです。
令和の合併論に必要なのは「合併しない場合の選択肢」
今回の合併論を考えるうえで大事なのは、合併するかどうかだけではありません。
合併しない場合に、地域をどう支えるのかも同時に考える必要があります。
人口減少時代に必要なのは、「合併か、現状維持か」という二択ではありません。合併しない場合でも、広域連携を深める選択肢があります。
たとえば、医療、消防、防災、公共交通、観光、産業振興、デジタル行政、公共施設の共同利用などは、必ずしも合併しなくても進められる可能性があります。一部事務組合、広域連合、連携協約、共同処理など、自治体間で協力する仕組みもあります。
むしろ、合併への不安が強い地域では、まず広域連携を深め、その実績を積み重ねることが現実的です。
水戸市の場合も、いきなり合併を進めるより、県央地域連携中枢都市圏の中で、住民がメリットを実感できる事業を増やすことが先かもしれません。
公共交通の利便性が上がる。医療や福祉の連携が進む。観光や産業振興で地域全体の魅力が高まる。災害時の広域対応が強くなる。
こうした実感が積み重ならなければ、「合併して大きな都市になりましょう」と言われても、周辺自治体の住民には響きにくいでしょう。
土浦市とかすみがうら市の場合も同じです。
いきなり合併を前提にするのではなく、神立周辺のまちづくり、公共交通、産業用地、防災、公共施設利用、霞ヶ浦周辺の観光振興などで、具体的な連携を深める選択肢があります。
合併は、自治体再編の最終手段に近いものです。だからこそ、合併ありきではなく、合併しない場合の広域連携も含めて、選択肢を並べて議論することが必要です。
とくに令和の合併論では、平成の大合併のような強い制度的誘導があるわけではありません。
各自治体が、自分たちの地域にとって何が最も現実的なのかを考える必要があります。複数の選択肢を住民に示したうえで、地域の将来像を議論することが求められます。
自治体名が変わっても、人口減少が止まるわけではありません。公共施設の老朽化が消えるわけでもありません。道路や上下水道の維持費が突然軽くなるわけでもありません。むしろ、合併後にどう再編するかを決められなければ、問題を大きな自治体の中に持ち込むだけになる可能性もあります。
だからこそ、「合併すれば何とかなる」ではなく、「合併して何を変えるのか」「合併しないなら何を共同で行うのか」まで踏み込んだ議論が必要です。
合併論は人口減少時代の自治体再設計の入り口

茨城県内で再び浮上している合併論は、単なる昔話の蒸し返しではありません。人口減少が本格化する中で、自治体がこれからどの単位で地域を支えていくのか。その問いが表に出てきたと考えるべきです。
水戸市の構想は、県央地域を一つの都市圏として強くしようとする「都市圏拡大型」の合併論です。
県都・水戸を中心に、周辺自治体を含めた大きな都市圏を作り、将来的な政令指定都市も展望する考え方です。しかし、そのためには、周辺自治体に対して「水戸市と一緒になることで何が良くなるのか」を具体的に示す必要があります。
一方、かすみがうら市・土浦市の合併論は、人口減少時代の行政運営を見据えた「行政維持型」の合併論です。かすみがうら市側から見れば、土浦市との一体化によって、将来の行政基盤を安定させる狙いがあります。
しかし、土浦市側から見れば、広い市域の管理コストを抱え込むことになります。税収増より負担増が大きく見えるなら、簡単には受け入れられません。
平成の大合併は、国の制度設計や財政優遇に背中を押された合併でした。しかし、令和の合併論は違います。
国が用意した大きな流れに乗るのではなく、それぞれの地域が、自分たちの人口、財政、公共施設、交通、産業、生活圏を見ながら、自分たちで将来像を選ばなければなりません。
だからこそ、必要なのは「合併に賛成か反対か」という単純な議論ではありません。合併によって何が良くなるのか。誰にとって負担が増えるのか。合併しない場合に、どのような広域連携で地域を維持するのか。公共施設、道路、上下水道、交通、産業、医療、防災をどう再設計するのか。
こうした具体的な論点を積み上げていく必要があります。
その意味で、水戸市とかすみがうら市・土浦市の動きは、茨城県内の他の自治体にとっても、決して他人事ではありません。
令和の合併論は人口減少時代に、地域が自分で選ばなければならない自治体再設計の議論です。
合併するにしても、しないにしても、これから問われるのは「どの自治体名を残すか」ではなく、「どの単位で地域の暮らしを支えていくのか」です。
茨城県内で浮上している二つの合併論は、その問いを考えるための重要な入口になっているのではないでしょうか。
