副業・兼業の時代における人材確保と社内整備~フルタイム採用だけに頼らない中小企業の新しい選択肢~

目次

第1章 なぜ今「副業・兼業」なのか

1-1 採用が難しくなっている背景

中小企業・小規模事業者の多くが「採用しても応募が来ない」「人を入れたいがフルタイムでは踏み切れない」という悩みを抱えています。これは個別の企業努力だけの問題ではなく、環境が大きく変わっていることが背景にあります。

最低賃金の引き上げペースは近年加速しており、全国的に時給水準が大きく押し上げられているという指摘があります。2025年度の地域別最低賃金についても、全国加重平均で前年から60円台半ばの上昇幅が示され、過去最大級の引き上げペースと報じられています。
最低賃金が30円上がるだけでも、従業員1人あたりの月間人件費は5,000円以上増えるという試算も出ています。

加えて、社会保険料の負担も経営側に重くのしかかります。結果として「もう1人フルタイムで雇いたい」という判断は、単なる人手補強ではなく、固定費構造の大幅な変更を意味するようになりました。そのため「人を増やしたいが、固定費は増やせない」という状況に陥りやすくなっています。

この状況は、特に従業員数が少ない企業ほど深刻です。

1-2 副業・兼業を促進する政策的な流れ

一方で、国は「副業・兼業」の解禁・普及を後押ししています。政府は、人手不足や生産性向上の観点から、働く人材が複数の企業・事業者にスキルを提供することを認め、さらには推奨する方向性を示しています。

大企業側でも、「副業を原則禁止する」という姿勢から「条件付きで副業を認める」方向に明確に転換しつつあります。2025年時点の人事担当者向けの調査では、自社社員の副業・兼業を「認めている」と回答した企業が5割を超え、禁止・制限のスタンスより多いという報告もあります。

つまり、1人の人材が「本業+もう1社(あるいはもう2社)」という形で、複数の組織を支える働き方は、すでに制度面でも社会面でも特別なものではなくなってきています。

1-3 地方・中小企業にとっての意味

この流れは都市部だけのものではありません。むしろ地方の中小企業にこそ追い風になり得ます。

具体的には、

  • 「経理の月次チェックだけ月5万円でお願いしたい」
  • 「週に1回のSNS更新(文章・画像作成・投稿)を月額で頼みたい」
  • 「補助金申請に必要な資料の整理だけサポートしてほしい」

といった“ピンポイントの業務”を、必要な時間・頻度に応じて、外部のスキルホルダーに委ねることが現実的になってきています。これは「正社員で抱え込むか、あきらめるか」の二択ではなく、「必要な部分だけ外から借りる」という第三の選択肢が一般化しつつあることを意味します。

第2章 副業・兼業人材の特徴と、どこで出会えるか

2-1 副業・兼業人材の典型像

副業・兼業人材と聞くと、「空いた時間にバイト感覚で小遣い稼ぎをする人」という印象を持たれる場合があります。しかし、実際には以下のようなタイプが多く見られます。

タイプA:本業を持ちながら、その専門スキルを外部に提供する人材
例として、平日は首都圏のIT企業でマーケティングを担当している人が、週末だけ地域の中小事業者のSNS運用・広告運用・LP改善を引き受けるケースなどが挙げられます。

タイプB:フルタイム復帰は難しいが、高度な経験を持つ人材
たとえば、経理・総務・人事で10年以上の実務経験を持ちながら、家庭や別の活動との両立のため「月末の締めと給与計算だけ」「請求と支払予定の整理だけ」を外部委託として請け負うケースがあります。

これらはいずれも、企業側から見れば「自分たちにはない専門性を、必要な分だけ導入できる存在」です。

2-2 相性が良い領域

中小企業・小規模事業者と副業・兼業人材の相性が良い領域として、次のような業務が多く挙げられます。

  • 売掛・買掛管理、支払予定表の作成などの経理補助
  • 月次業績の集計・レポート化
  • 補助金・助成金申請に必要な事前資料の整理
  • SNSやWebサイトの更新、告知文の作成
  • 顧客リストや在庫リストの整備、情報の可視化
  • 簡易的なIT導入、業務フローの整理(クラウドストレージや共有フォルダの設計など)

いずれも「社内の誰かが片手間でやっているが、正直回っていない」領域です。そこを切り出すことで、経営者自身の負担を下げる効果が期待できます。

2-3 探し方・出会い方

副業・兼業人材との接点は、思っているより身近なところにあります。

1. 既存の関係者からの紹介
元社員・元アルバイト・取引先・顧問税理士などからの紹介は信頼性が高い方法です。ただし、紹介される側は「こういう人材を探している」と具体的に伝えなければ紹介しにくいものです。抽象的に「誰かいない?」では動きません。役割を明示することが大切です。

2. 副業・業務委託マッチングのプラットフォーム
「週◯時間」「月◯万円」「この範囲だけ対応」といった条件を、あらかじめ明文化した専門人材が登録しているサービスも広がっています。相場観が明確なぶん、低単価での一方的な要求は通りにくい一方、必要なスキルを明確に買えるという利点があります。

3. 地域の専門家ネットワーク
商工会、同業者会、士業ネットワーク等を通じて、すでに複数の事業者をサポートしている“地域の外部人材”が見つかることがあります。会計・労務・事務代行などは、すでに「週何社かを巡回する」スタイルで実務を受けている人材が少なくありません。

重要なのは、「良い人材はいないか」と抽象的に探すのではなく、「どの仕事を、どれくらいの頻度で、どこまで任せたいのか」という単位で声をかけることです。

第3章 受け入れる前に整理しておくべき論点

3-1 「副業の人は信頼できるのか」という不安について

副業・兼業人材は、“評判”で仕事を得ています。納期を守らない、情報を乱雑に扱う、報告が雑、といった行動はそのまま次の仕事の機会を失うことにつながります。したがって、むしろ責任感と再現性のある働き方をする人は多いという指摘もあります。

トラブルになりやすいのは、どちらかといえば企業側が業務の範囲を曖昧にしたまま「とりあえず手伝ってください」と依頼してしまうケースです。曖昧な依頼は、曖昧な成果しか返ってきません。

3-2 どこまで任せるのかを言語化しておく

「経理をお願いしたい」といっても、その中身は会社によって全く違います。

  • 請求書の整理だけか
  • 支払予定表の作成までか
  • 月次の業績一覧の見える化までか
  • 銀行振込の実行権限まで渡すつもりなのか

この切り分けをしないまま外部人材を入れると、「そこまで任せると思っていなかった」「そこまで任せてもらえると思っていた」という認識のズレが起こります。そこから不信感が生まれ、短期間での関係終了につながることがよくあります。

3-3 なぜ契約形態が重要になるのか

業務範囲が曖昧なままスタートすると、最終的に「これは雇用関係なのか、業務委託なのか」という線引きが曖昧になり、労務・報酬面でのトラブルに発展します。この問題は、企業側にとって大きなリスクです。

第4章 契約形態と最低限決めておきたい条件

4-1 雇用契約と業務委託契約の違い

副業・兼業人材に依頼する際、大きく分けると次の2つの形態があります。

(1) 雇用契約(パート・アルバイト等を含む)

  • 会社が業務を指示し、勤務時間・勤務場所をある程度管理します。
  • 業務の進め方も会社の指揮命令のもとで行います。
  • 労働時間管理や安全配慮義務など、労務リスクは基本的に会社が負います。
  • 残業代の扱い、社会保険の扱い等も会社側の責任となります。

(2) 業務委託契約

  • 成果物や特定のタスクの完了に対して報酬を支払います。
  • 原則として、どこで・いつ作業するかは委託先(外部人材)の裁量に委ねます。
  • 「この資料をこの期限までに作ること」「このSNS投稿を週1本行うこと」など、範囲と成果を契約で明文化します。

注意すべき点は、「実態としては勤務時間・勤務場所・業務手順まで細かく指示し、日常的な報告義務も課しているのに、名目だけ業務委託にしている」という状態です。これは後日、労務上の問題(実質的には従業員であるとの判断)を招くリスクが高いと指摘されています。
逆に、明確に成果物単位で依頼できる業務まで、不要に雇用契約化してしまうと、会社側の固定費が不必要に増すことになります。

契約形態は「税金や社会保険をどうしたいか」ではなく、「この人にどう働いてもらう想定なのか」という実態に合わせるべきです。

4-2 秘密保持と情報管理

副業・兼業人材が社内情報にアクセスする以上、「情報をどこまで渡すか」を事前に定義しておく必要があります。

  • 顧客リスト、原価情報、仕入先条件など、機微性の高い情報はどこまで共有してよいか
  • 社外に持ち出してはいけないデータは何か
  • 個人のPCや個人クラウド上での保存を禁止する情報は何か

これらは秘密保持契約(NDA)で取り決めておくことが望ましいです。
また、生成AI等の外部サービスに機微情報を入力することによる情報漏えいリスクは、国内外で顕在化しつつあります。
個人情報保護委員会からも、生成AIの利用に際しては個人情報や機密情報の取り扱いに注意するよう警告が出されており、機微な情報を無制限に外部ツールへ入力することは避けるべきとされています。

「AIに入れてよい情報・入れてはいけない情報」を社内で一覧化し、外部人材にも共有しておくことは、今後は必須に近い運用になると考えられます。これは、会社の信用維持にも関わります。

4-3 成果物と権利の帰属

副業・兼業人材が作成したマニュアル、テンプレート、販促用画像、SNS投稿用の素材などは、誰に権利が帰属するのかをあらかじめ取り決めておく必要があります。これを明記していないと、契約終了後に「それは自分の成果物なので使わないでほしい」と主張される可能性があります。

4-4 報告・連絡のルール

誰に・どの頻度で・どのような形式で報告するかをあらかじめ決めておくことは、業務委託型でも雇用型でも有効です。
また、社内の連絡窓口を明確にしておくことも重要です。外部人材に対して複数の社員がバラバラに指示を出すと、業務範囲が容易に拡大してしまい、契約上の枠組みと乖離する原因になります。

第5章 どのように始め、どのように見極め、どのように終えるか

5-1 小さく試す:1か月・限定領域から始める

副業・兼業人材との関係を開始する際には、いきなり「自社の経理すべて」「販売促進すべて」を一括で任せるのではなく、業務を細かく絞り込んだうえで、まず1か月程度の試行期間を設ける方法が有効です。

例としては、

  • 未整理の請求書・領収書の整理と、支払予定表の作成まで
  • 週1回のSNS投稿(原稿と画像の作成、投稿作業まで)
  • 顧客リストの名寄せと重複排除、管理表の整備のみ

このように「この部分だけ」を明確にして短期で実行することで、双方が無理なく業務の進め方を確認できます。

この試行期間は、外部人材の力量を試すというより、企業側にとって「どこを任せると負担が減るのか」「どこを任せると逆にストレスになるのか」を見極める機会と位置づけるべきです。

5-2 成果の共有とすり合わせの場を設ける

試行期間の終了時には、10~15分程度でも構わないので、振り返りの場を必ず設けることをおすすめします。

その際に確認すべき点は次のとおりです。

  • どの成果が特に助かったか(可視化・時短・漏れ防止など)
  • 逆に、自社内で扱ったほうが効率的だと感じた業務はどこか
  • 次の月も継続して依頼したい業務はどこか
  • 依頼内容や依頼方法をどのように改善すべきか

特に「何が助かったのか」を言語化することは重要です。企業側が感謝の意図を持っていても、外部人材側は「本当に役に立てているのか」を明確に把握できていない場合が多く、そこが不透明だと関係が長続きしにくくなります。

同時に、あまり効果が出なかった業務も率直に共有します。これは是正のための情報であり、個人攻撃ではありません。ここで調整しておくことで、次の1か月をより合理的に設計できます。

5-3 「合う/合わない」の判断軸

外部人材との適合性を確認する際は、スキルの高さだけで判断しないことが大切です。特に、次のような観点が重要になります。

  • 機微情報の扱いが丁寧であるか
    (顧客名簿や取引条件を個人の端末に無断で保存・持ち出していないか)
  • 進捗状況や課題を適切な頻度で報告できるか
    (丸一日、二日と連絡が途絶する状況が常態化していないか)
  • 双方の都合を共有できているか
    (一方的な急な要求や、逆に一方的な中断がないか)

同時に、外部人材の側から見て「この会社と今後も付き合いたいか」という観点も存在します。外部人材が離れていく典型的な理由としては、

  • 業務範囲が依頼時と比べて無制限に広がる
  • 依頼・指示の窓口が統一されておらず、毎回一から説明を求められる
  • 感謝や評価の共有がほとんどなく、否定的なフィードバックのみが一方的に伝えられる
    といった点が挙げられます。

両者の相性は、能力の優劣ではなく、業務の渡し方・進め方・情報の扱い方が互いに許容できるかどうかで決まります。したがって、試行期間の中でこの点を確認することは極めて有効です。

5-4 終了の設計(終わらせ方)

関係の終了が適切に設計されていることは、次の人材確保にも影響します。副業・兼業人材は横のつながりが強いため、終了時の印象は他の候補者にも共有されることが少なくありません。

そのため、初期の段階で以下のような合意をしておくことが望ましいです。

  • 継続・終了は基本的に月単位や一定期間ごとに確認する
  • 双方、終了を希望する場合はあらかじめ◯日前までに通知する
  • 終了時には、引継ぎ資料・アカウント情報・作成データ等を所定のフォルダに整理して納品する
  • 顧客情報や社内情報は、外部環境に残らないよう削除・返却する

このような取り決めがあることで、短期で終了しても「トラブルで終わった」という見え方にならず、「定められた役目が終わった」という理解になりやすくなります。結果として、次の人材にも声をかけやすくなります。

第6章 まとめと、次に行うべき準備

6-1 まず社内で決めておきたい3点

副業・兼業人材に依頼する前に、最低限、次の3点だけは社内で明文化しておくことをおすすめします。

  1. どの業務を外部に切り出すのか
    例:請求書の整理と支払予定表の作成、SNS更新、顧客リスト整備など。
    「すべて」ではなく「この部分だけ」をはっきりさせることが重要です。
  2. その業務は“時間で動いてほしい”のか、“成果物だけ欲しい”のか
    時間を管理しながら社内指示のもとで動いてもらう場合は、雇用契約に近い運用になります。
    成果物やタスク単位で依頼する場合は、業務委託契約のほうが整合しやすい場面もあります。
    この区分が、契約形態の方向性を決める基礎になります。
  3. 外部人材と社内の誰がやり取りを行うのか
    依頼・相談・評価の窓口を一本化しておくことで、業務範囲の膨張や指示の重複を防げます。
    また、社長のみが窓口になると、結果的に社長の負担が増える恐れもあるため、実務上は「社長の右腕」になる担当者を明確にしておくことが有効です。

この3点を明文化しておくだけで、初回の打ち合わせ段階から、具体的な条件・契約イメージ・情報管理の線引きを提示できるようになります。

6-2 専門家に相談した場合に整理できること

副業・兼業人材の受け入れは、人材そのものを探す前に「受け入れる箱」を設計することが重要です。外部の専門家に相談いただいた場合には、次のような整理が可能です。

  • 業務の棚卸しと切り出し範囲の定義
    「ここまでは外部に任せられる」「ここから先は社内でしか触れられない」といった線引きを、実務ベースで明文化します。
  • 契約形態のたたき台
    実際の業務内容・指揮命令の度合い・情報アクセスの深さを踏まえ、雇用型であるべきか、業務委託型であるべきか、あるいは一部をそれぞれに分けるべきか、といった方向性を整理します。
  • 最低限の取り決め事項(秘密保持、成果物の権利帰属、終了時の引継ぎ・データ返却など)の骨子
    これは、後からのトラブル防止にも直結します。

これらは、企業の規模にかかわらず準備しておくと効果があります。特に「正社員をこれ以上増やすのは難しいが、業務は確実に増えている」という企業にとって、こうした整備は今後の採用力・定着力の差になります。

おわりに

副業・兼業人材の活用は、「コストを下げるための苦肉の策」ではありません。むしろ、必要な業務の一部を明確に切り分け、専門性を持った人材に適切な条件で依頼するという、持続性のある経営手法のひとつです。

重要なのは、人材を探す前に「何を任せたいのか」「どうお願いしたいのか」「どう終わらせたいのか」を会社側で決めておくことです。

その準備さえ整っていれば、中小企業・小規模事業者でも「週2日だけの右腕」を現実的に迎え入れることは十分に可能です。副業・兼業を前提とした働き方が制度的にも社会的にも一般化してきた現在、これは一部の企業だけの特別な取り組みではなく、今後の標準的な選択肢になっていくと考えられます。

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